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~漫画愛とジャンプの三本柱が生み出した新たな漫画実写化~「バクマン。」ネタバレレビュー

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作品概要

絵は上手だが将来の夢のない真城最高と絵が下手だけど文才がある高木秋人の高校生2人組が日本で一番読まれている漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」への連載を目標にプロの漫画家になるまでを描く大場つぐみ小畑健の同名漫画を実写映画化。出演は佐藤健神木隆之介染谷将太、小松奈々、桐谷健太、新井浩文皆川猿時宮藤官九郎山田孝之リリー・フランキーなど。監督は「モテキ」の大根仁

 

 

点数:4.5点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

漫画や漫画家、編集者という職業、週刊少年ジャンプに対する愛情が見たこともない演出によって映画的に語られ、文字通り友情、努力、勝利が詰まったジャンプ漫画のような快作が誕生した。

 

やはりこの映画の魅力は「漫画への愛情」がどこを切っても溢れ出てくるところだろう。登場人物の誰もがそれぞれのやり方で漫画への愛情や夢をぶつけ、時に残酷で辛い一面もあるけれど、それすらも乗り越えて走り抜けていくのである。そんな姿に感動や青春を覚えるのはもちろん、漫画の持つエネルギーや思いをひしひしと感じさせてくれるのである。しかも僕みたいに漫画にあまり思い入れのない人にまでだ。

 

おじが漫画家で漫画も大好きで絵も描けるけど夢がない真城最高は、漫画家になりたいけど文才しかなくて絵が描けない高木秋人からの熱烈アピールにより、真城が恋心を抱いている亜豆美保との約束もあって漫画家になることを決心する。不慣れながらも初めて2人で作り上げた漫画をジャンプ編集部に持っていき、編集者の服部の力もあって手塚賞に入選した2人だが、同じ高校生漫画家である新妻エイジという天才の圧倒的な実力を目にし、彼を超えるような漫画を描いてみたいと更に漫画にのめり込んでいく。

 

だがジャンプのアンケート至上主義や新妻エイジを追いかけるあまり自分らしさを失いかけ、週間連載というハードなスケジュールによって真城は体調不良を起こして倒れ、「いつか2人の連載漫画がアニメ化したらヒロインの声を当てる」という夢を約束した亜豆には声優という自分の夢に進むために別れてほしいと言われるなど、二人の漫画家生活には様々な苦難が待ち受ける。それでも彼らを支えるのは「漫画が大好きだ」という思いだけだ。確かに手塚賞に入賞するまでは長い道のりだし、連載を持つためには担当編集に認められ、3週間分のネームを描いてジャンプ編集部の会議で決定されなければならない、その連載を持ってもアンケートの結果によっては即打ち切り、過酷な週刊誌スケジュール…外から見たら苦しくて過酷な世界で、ついでに言えば女性にモテるわけでもない。でもなぜ漫画家を目指すのか?それは漫画が好きだからに他ならないのである。

 

そうして彼らは喧嘩してしまうこともあったけど、自分達らしい王道=邪道で新たな漫画を描き出し、編集部による巻頭カラーから体調不良による休載処置に対しては、担当編集の服部、同じ手塚賞で認められた漫画家達の力も借りて意地でも漫画を描くのである。それは漫画に生きる者達の大博打だ。その大博打で完成した巻頭カラー以降、アンケート順位が下落して打ち切りになってしまうのだが、別に悲観的なものはない。なぜなら彼らは自分達の漫画を描くこの一瞬のために、王道ではない邪道で大博打に勝ち上がり、そこに青春の全てを捧げたのだから。それでも彼らはこれからの新たな漫画の構想を黒板に描き始める…彼らの漫画家としての道はまだまだ続くのだ。まさにジャンプ漫画の三本柱である「友情、努力、勝利」を感じさせながら、漫画への愛情がストレートに伝わる青春劇だろう。

 

また漫画家や編集者という職業の裏側もきちんと描写され、とても興味深く仕事の裏側を知れるという知的欲求も満たされる。漫画の描くのに使うGペン丸ペン、漫画の設計図であるネームなど漫画を描く上で必要なものや、漫画家として連載を持つまでの過程、漫画家と編集者の関係性、ジャンプ編集部の連載決定会議、ジャンプ特有のアンケート至上主義など実際にそういう風に仕事をしているのかもしれないというリアリティがある。そうして出来た漫画雑誌を読む我々の姿も描かれるのもまたニクい。あと「アンケートで人気だから面白い訳ではない」というセリフや、編集者と漫画家のあり方を巡る討論など、エンタメ論にまつわる話も個人的に好きなポイントだ。

 

そして大根仁のこだわりが漫画への愛情を更に強固なものにする。例えば美術から見ると、劇中の登場人物達が描いた漫画はどの作品も実際に連載されていそうな出来映えの漫画ばかりだし、主人公2人が初めて仕上げた漫画作品は最初はモノローグが多くて線も漫画向きでない線だったが、次の作品ではモノローグが減って線も細くなるなど主人公達の上達ぶりが素人目からも分かるような漫画がきちんとそこに存在しているなどこだわり抜かれている。他にも週刊少年ジャンプの歴史をナレーションと目まぐるしいスピードで変わっていく表紙で勢いよく説明してしまう冒頭や、漫画ネタのオマージュ満載の単行本背表紙部分を使った芸の細かいエンドロールまである。これほど見ていて愛が溢れる瞬間はそうそうない。

 

また演出でも斬新でフレッシュな方法で漫画への愛情を表現する。主人公が二人で漫画を描くシーンが何度も描かれるのだが、プロジェクションマッピングを駆使して背景や紙面にまるで生きているかのように原稿を動かす、ペンが紙を滑るときの音を強調させる、サカナクションのスコアで高揚感を上げるなどの細かいテクニックがてんこ盛りで映画が止まりがちになりそうな作業シーンに命を吹き込む。他にも高木のメガネレンズや黒板に次の漫画の構想が目まぐるしく浮かび上がるなどというのも面白い。極め付けは新妻エイジとのライバルとの戦いを描く場面では、主人公達とエイジはそれぞれ大きな筆を持って大立ち回りを披露するのである。しかもこのアクションがまたなかなかキレのよいだけでなく、漫画のオノマトペや効果音が浮き出てくるのも芸が細かい。漫画を描くという行為、情熱にまるで生きているかのような躍動感が合わさるというのはなんとも映画的だ。

 

ただ気になる部分もある、まずは親の存在問題だ。高校生が徹夜で漫画描いていてぶっ倒れても見舞いにも来ないし、今後の進路にも関わる年なのに全く親の存在が描かれないというのはどうにも嘘くさく見えてしまう。次にヒロインの存在の希薄化問題だ。確かにヒロインの描写を極端に薄くすることで「漫画への愛情」がよりストレートに伝わるし、ブロマンス要素も上がっているのだが、冒頭以外にヒロインのいる意義が感じられない。おかげで病室で別れを告げる場面とラストの漫画のコマの繋がりもあまり生きてこない。ちなみにアシスタントいない問題は二人の青春劇であるためには仕方ないオミットだと思うので個人的には許容できた。

 

最後になるが役者陣のハマりぶりも見事だ。佐藤健神木隆之介のコンビ感はもちろんいいのだが、きちんと漫画バカ一直線のボンクラ野郎らしさが出ているのが素晴らしい。二人で喜び合うときの目線の定まってなさとか説得力に溢れている。染谷将太は相変わらず曲者な役をやらせると本当に輝いているし、小松奈々もシンボリックなヒロインぶりもよい。他にも山田孝之リリー・フランキーの堅実に支える演技や桐谷健太、新井浩文皆川猿時宮藤官九郎のハマりぶりも見事だ。あとサカナクションの劇伴、主題歌もスタイリッシュでかっこよかった。

 

漫画を描きたいという熱意が溢れ出す青春に、きちんと漫画や少年ジャンプに対する愛が込められる…これを見て漫画って素晴らしいと思わない人はいないのではないだろうか。原作未読の身分で言うのもおかしいかもしれないが、この映画は漫画実写化映画において最高クラスの映画だろう。