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~復讐に囚われた者達は最後に何を見るのか?~「007 慰めの報酬」ネタバレレビュー

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作品概要

ヴェスパーの死に関係している謎の組織を追いかけ続けるジェームズ・ボンドが、謎の組織の幹部である環境NPO法人グリーン・プラネット代表のドミニク・グリーンが推し進める謎の計画を阻止すべく世界中を飛び回る007シリーズ第22作。出演はダニエル・クレイグオルガ・キュリレンコマチュー・アマルリックジェマ・アータートンジェフリー・ライトジャンカルロ・ジャンニーニイェスパー・クリステンセン、ロリー・ギニア、ジュディ・デンチなど。監督は「君のためなら千回でも」のマーク・フォースター

 

 

点数:4.0点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

世間的評価が前作よりも低めな今作だが、復讐をテーマにした果てしなき戦いや水資源の危機という現代的な背景、誰が敵で誰が味方か分からない世界情勢など描きたい物語やエッセンスはとても素晴らしい1作だ。

 

物語は前作「カジノ・ロワイヤル」の直後、ミスター・ホワイトを捕まえたボンドとミスター・ホワイトを奪い返そうとする謎の組織からの刺客とのカーチェイスから始まる。前作で高らかにジェームズ・ボンドの誕生を宣言したわけだが、今作を見ていくと彼はまだヴェスパーの面影に引きずられていることが明らかになっていく。ミスター・ホワイトを捕まえたボンドとMは尋問を開始するが、内部の裏切り者による襲撃によってミスター・ホワイトは逃亡し、ボンドは逃亡する裏切り者を尋問することもなく射殺する。更に内部の裏切り者が残した証拠から導かれた環境NPO法人グリーン・プラネット代表のドミニク・グリーンを追いかける間にも、情報を握っていると思われる謎の組織の刺客を殺害し、トスカの観劇中に行われる謎の組織の秘密会議でも謎の組織に加担するイギリス首相の護衛官を殺害する。謎の組織を追うという任務に自分の怒りを重ねてMに何度も咎められても片っ端から謎の組織に関わる人間を殺していく…その姿はまさに復讐者だ。

 

だが復讐に囚われたボンドは孤立無援になり、何かを失いボロボロになっていく。愛したヴェスパーの面影が邪魔をするのか不眠症となり、Mから顔色を心配され彼女の名前が名付けられたカクテル(ジンとウォッカ、キナ・リレを使用したいわゆるアルコールをアルコールで割ったカクテル)を何杯飲んでも酔えないほどに過去に囚われてしまう。挙句の果てにはMからは感情に任せて関係者を殺し、命令を無視するボンドを任務続行不可と判断され、クレジットカードやパスポートの停止、ロンドンに呼び戻す命令を下されてしまう。また断られる覚悟で協力を頼んだ前作でボンドから反逆罪の嫌疑をかけてしまったマティスもドミニク・グリーンの息のかかった警察によって殺害され、ボンドをロンドンに連れ戻すために派遣された女性領事館員のフィールズはドミニク・グリーンによって石油まみれの死体で発見される。またアメリカ政府、イギリス政府の中でもドミニク・グリーンの計画に賛同する一派が登場し、CIAは計画の邪魔となるボンドを排除しようとする。ボンドの復讐とは誰が敵で誰が味方なのか分からない世界の縮図の中で、血で血を洗う憎しみが連鎖していく。それでもボンドは意地でも任務を遂行し、MやCIAのフィリックス・ライターの協力もあり、水資源の独占という敵の計画も明らかとなる。この水資源の独占は実際に問題となっている水の危機や水紛争がモチーフとなっているし、善悪の線引きが難しい世界の縮図はまるで9.11以降の世界情勢の不安定さを象徴しているようにも見え、前作よりもリアリティが上がっていると感じる。

 

そんな中でボンドはカミーユという女性と出会う。何度もボンドの行く先に現れるカミーユは、ドミニク・グリーンに協力しているボリビアのメドラーノ将軍に家族を殺された過去を持ち、彼に復讐しようとドミニク・グリーンに近づこうとしている女性だ。そして最終的にボンドとカミーユは砂漠でお互いに復讐に囚われていることを知り、それぞれの敵を倒すために行動を共にすることになる…復讐の囚われた者達の魂が出会い、共鳴し合うわけだ。だが復讐を果たしたカミーユには憎むべき敵を倒したという達成感はあるが、心の中には虚しさしか残らないことに気付く。そんな彼女にボンドは復讐の虚しさ、己を許すことを諭す…死にかけのマティスがボンドにそうしたように。そして死者は復讐を求めてはおらず、復讐の報酬はわずかなのだという事実に自分自身もまた気づくのだ。ラストではロシアでカナダ人女性情報員を騙そうとしていたヴェスパーの元彼氏というある意味最大の憎しみを向けるべき相手を殺さずに、生け捕りにしたことを報告したボンドはヴェスパーの首飾りを捨てる…やっとヴェスパーを失った悲しみから決別し、明らかになった謎の組織=クアンタムの壊滅を目指し新たな任務へと旅立つ。前作が悲しみを胸にスパイになる話ならば、今作は復讐に別れを告げるまでの話なのだ。なんとも渋くて大人なラストなのだろうか…。

 

…とここまで書いているととても素晴らしい傑作に思えるのだが、作りとしては少々残念な部分も目立つ。なんというか心を掴んでくれるようなフックが少ないように感じられてしまうのだ。まず脚本だが1つ1つのシーンは面白いのに1つのストーリーとしてのまとまりに欠けてしまっているため、アクションシーンと数少ない心情や葛藤を描くシーンがバラバラかつ淡泊に見えてしまう。おかげでせっかくボンドが新たな成長を遂げて最後にガンバレルシーンで盛り上げても流れが伴っていないから空回りしてしまうのだ。また起こっている事態の時系列の見せ方もどこかまどろっこしいため、見終わった後、そんなに難しい話ではないはずなのに複雑な話だったかのような印象を受ける。ただこれに関しては2007年から2008年に起こった脚本家協会のストライキによって脚本が完成しないまま撮影開始した影響をモロに受けてしまったためだろう。

 

だがそのトラブルを差し置いてもアクションシーンの見づらさはどうしようもない。特に冒頭のカーチェイスや裏切り者をボンドが追いかけるシーンで顕著なのだが、せっかくの体を張ったアクションやトリッキーはアクションもカットを細かく割るせいで全く何をやっているのか分からないし、ヒッチコック的なサスペンスをやりたいのか祭りで盛り上がる民衆のカットも入れ込んで更にカットが細かくなって訳が分からなくなってしまう…というか荒々しいアクションでははっきり言ってうっとおしい。これではボーンシリーズを意識したようなアクションというより、まるでヨーロッパ・コープ制作のアクション映画を見ているかのようだ。マーク・フォースターの作品は今作しか見ていないので断言はできないが、今作に関してだけ言えばマーク・フォースターは明らかにアクションの撮り方が下手だ。

 

あとジェームズ・ボンドの自己紹介がない、秘密兵器が活躍する場面がない、デヴィッド・アーノルドのスコアに主題歌のメロディが使われないなど「カジノ・ロワイヤル」よりもシリーズのお決まりが少なく、007シリーズの勘所を外し過ぎているのも盛り上がりに欠ける要因だ。他にもボンドガールや悪役の魅力やアリシア・キーズとジャック・ホワイトの主題歌「Another Way To Die」のかっこよさも前作と比べるとどうして地味に感じる。

 

演出面や作りでのマイナスポイントばかり述べてきたがもちろんいい部分だってある。トスカ観劇中の秘密会議シーンでは前述したヒッチコック的サスペンスを取り入れることでスリリングになっている場面だし、それぞれのロケーションを象徴するような字幕の出し方、3D映像技術満載でハイテクなMのオフィス、ヴェスパーの話題が出る場面では静かにヴェスパーのテーマが流れる、「007 ゴールドフィンガー」オマージュの石油まみれの死体、最後ながらもガンバレルシーンが復活しているなどグッとくる演出やモチーフもきちんとある。ただやはりもっと全体の完成度が練られていれば…と感じずにはいられない。

 

役者陣についてだが、まずダニエル・クレイグはボロボロになればなるほど魅力的にハードボイルドになっていくなと改めて感じたし、感傷的な場面でのなんとも言えない悲しげな顔が切なくなる。地味に見えるとは書いたものの、メインのボンドガールであるカミーユ役のオルガ・キュリレンコの荒々しいやんちゃ娘のように見えて実はかわいらしい雰囲気が素敵でボンド自身と重なるし、悪役であるドミニク・グリーン役のマチュー・アマルリックも爬虫類顔をギラつかせて凄みを利かせる。ジェマ・アータートンも地味ながらも印象的だ。前作から続投しているジェフリー・ライトジャンカルロ・ジャンニーニイェスパー・クリステンセンジュディ・デンチも相変わらず素晴らしい。

 

描きたいことはきちんと伝わっているし、そのエッセンスも十分に残っているのだが、作りや演出一つ一つの微妙な調律があってないせいかどこか歪に見えてしまうのが本当に惜しい。ただヴェスパーという唯一無二の女性の幻影、救えなかった自分に囚われ続けたボンドがようやく復讐をやめ、ヴェスパーとの決別をするという成長が見れただけでもこの作品の意義はあると思う。

 

前作のレビューはこちら

marion-eigazuke.hatenablog.com

 

続編のレビューはこちら

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