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頭の中の感想置き場

映画、アニメを中心に感想や想いを綴っていきます

〜大いなるシリーズへの挑戦とどこまでも付きまとう亡霊達との戦い〜「007 スペクター」ネタバレレビュー

映画レビュー

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作品概要

引き続き一人で謎の組織を追いかけ続けるジェームズ・ボンドが、全ての事件の黒幕と思われる謎の組織のボスであり、ボンドの過去に深くかかわる謎の男フランツ・オーベルハウザーとの戦いに挑む007シリーズ第24作。出演はダニエル・クレイグクリストフ・ヴァルツ、レア・セドゥ、レイフ・ファインズモニカ・ベルッチベン・ウィショーナオミ・ハリス、デイヴ・バウティスタ、アンドリュー・スコット、ロリー・キニア、イェスパー・クリステンセンなど。監督は「007 スカイフォール」のサム・メンデス
 
 
点数:4.0 点(5.0点満点、0.5刻み)
※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください
 

 

前作「007 スカイフォール」で提示された新たなスタートに忠実で、ダニエル・クレイグジェームズ・ボンドで培われてきた路線も受け継がれたことでかなり強引で歪さが際立つが、どこから見ても007シリーズらしさに満ちている一本だ。

 

前作「スカイフォール」でシリアスでハードボイルドな路線を継続しつつも、007シリーズの原点や魅力を引き出してダニエル・クレイグ版007シリーズは新たなスタートを切った。そんな「スカイフォール」を経た今作は、かつての007シリーズにあったユーモアさやかつてのシリーズを連想させるような展開、ド派手なアクションを復活させてシリーズへのオマージュを捧げながらも、それでいてジェームズ・ボンドという男を巡るシリアスハードボイルド路線を忘れない作風になっている。

 

今作におけるジェームズ・ボンドの戦いとは「カジノ・ロワイヤル」、「慰めの報酬」、「スカイフォール」でボンド達を苦しめ、強烈な記憶を今でも残し続ける亡霊達との戦いだ。スカイフォールでの一件以降、ボンドは前任者のMが残したメッセージに従い、現責任者のMに勝手な行動を咎められながらも、謎の組織クァンタムの追跡を独自に追っていた。事件を追う過程で「青白い王」の存在や悪魔の化身であるタコをあしらった指輪を入手したボンドはマニーペニーやQのサポートを借りつつ、組織幹部の妻ルチアからローマで夫の欠員を埋める会議が行われることを突き止める。そして会議に潜入したボンドは自身の過去に眠る男の顔を見つける…かつて里親である父と共に雪崩で死んだはずの義兄フランツ・オーベルハウザーの顔を…。

 

寡黙な大男ヒンクスからの追跡をかわしつつローマから脱出したボンドは「青白い王」ことかつての宿敵であるミスター・ホワイトの居場所を突き止める。ホワイトは既に組織を裏切り、タリウムによって毒されてしまい余命もいくばくもない…彼は自分の娘であるマドレーヌ・スワンの保護を条件にボンドに情報を渡し自ら命を絶つのだった。そうしてボンドは重要な情報を握るマドレーヌを保護するために彼女が勤めている雪深き山の頂上に構える診療所へと向かう。だがマドレーヌはかつてボンドが出会った女性達とは違い、自分で自分の道を切り開く自立した女性で、最初はボンドに全く関心を持たないどころか彼を警戒し続ける。だがその直後にヒンクス率いる組織の一員がマドレーヌを拉致しようとする。なんとかヒンクスからマドレーヌを取り戻したボンド達はしつこく付きまとうヒンクスの襲撃を交わしながら、フランツが指揮する新たな謎の組織「スペクター」の策略と居場所を突き止めようとする。そんな危険に満ちた旅路の中でボンドとマドレーヌは徐々に仲を深め合う。最初は父の死を男に慰めてもらうような女じゃないと告げるマドレーヌが、自分が銃嫌いになった理由を告げ、ボンドに「殺し屋やスパイ以外の選択肢はなかったのか」問いかけるなどだんだん心を開いていく兆候を見せていく。そうしてどこまでも追いかけてくるヒンクス倒して死線を乗り越えた二人は遂に仲を深め合うのだった。

 

そして二人は誰もいない砂漠の無人駅にやってきたフランツの使者に誘われてスペクターの秘密基地へとたどり着く(使者がロールス・ロイス・シルバーレイスという銀の亡霊という名がついた車でやってくるのがまたニクい)。そこでスペクターは全ての諜報機関の情報を1本化して自分達に優位な情報網を確立しようとしていること、クァンタムはスペクターの下部組織でこれまでの事件の首謀者は全てスペクターの幹部であること、フランツはボンドへの嫉妬心から里親である父を事故に見せかけて殺して姿をくらませたこと、全ての事件はボンドを貶めるためにフランツによって仕組まれていたことが明らかになり、フランツはかつての自分の名前を捨て「エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド」と名乗る。ボンドに亡霊という名の呪いを与えて苦しめ続けた全ての元凶であり、007シリーズ最大の敵が遂に姿を表すのだ。

 

スペクターの一員として暗躍している国家安全保障局長官のCことマックス・デンビーによって00部門が解体されてしまうという危機的状況下の中で、ボンドはM、Q、マニーペニー、タナーと共にスペクターの野望を潰すために最後の戦いに挑む。一方、ブロフェルドはマドレーヌを人質に取り、かつて爆破されたMI6本部に彼女を閉じ込めて爆弾を起動させようとする。彼は最後の最後までボンドが愛する者を亡き者とし、ボンドを苦しめ続ける新たな亡霊を生み出すことに執着していく…まさにボンドを苦しめる最強の亡霊だ。全ての亡霊達に別れを告げるべくボンドはマドレーヌを探し続ける。そしてマドレーヌを救出したボンドは、逃げるブロフェルドを追い詰めてついに逮捕することに成功する。最後にはQに修復を依頼していた「スカイフォール」のときに爆破されたアストンマーティンDB5に乗り、ボンドとマドレーヌは旅立つ…今までに大切な者達を失い過去の亡霊に苦しめられてきたボンドは、今回の事件で新たな亡霊を生むことなくやっと過去の亡霊から解放されたと同時に、全ての事件に対する区切りをつけるのだ。「カジノ・ロワイヤル」、「慰めの報酬」、「スカイフォール」と見続けてきた身としてこれほど嬉しいことはないと言えるだろう。

 

前述したユーモア溢れる展開やド派手なアクションの連続も見逃せない。アクションには思わずクスっとなってしまうようなコミカルな描写が必ず差し込まれ、キャラクター達の会話もウィットに富んでいる上品な仕上がりで、ホイテ・ヴァン・ホイテマによるどこかくすんだかのような茶色い画作りはヴィンテージなエレガントさを連想させる。アクションシーンではメキシコの死者の日を舞台に長回しによってスペクター幹部の暗殺を描きながら一回転するヘリコプターの中で行われる危険なアクション、ローマを舞台にしたエレガントなカーチェイス、雪原を舞台に繰り広げられる飛行機VS車のチェイスシーン、列車で繰り広げられるヒンクスとボンドの格闘、大爆発していくスペクターの秘密基地などかつてないほどに大規模なロケーションとCG一切なしの本気ぶりが伺えるアクションの連続で目が離せない。また「亡霊との戦い」というテーマを象徴するように冒頭の「死者は生きている」という字幕や、メキシコの死者の日、ミスター・ホワイトの再登場、ヴェスパーの拷問ビデオ、崩壊したMI6跡地に張り巡らされた赤い糸や関係者の写真、慰霊名簿に記された「ジェームズ・ボンド」の血文字などモチーフの使い方も上手だ。

 

そして全編に渡って繰り広げられる展開の数々に過去シリーズへのオマージュがふんだんに散りばめられる。何より嬉しいのはガンバレルシーン→映画の掴みとなる大規模なアクション→死とセックスが散りばめられたオープニングクレジットというシリーズお決まりの流れが復活したことだ。今まで変則的な流れだったダニエル・クレイグ版007シリーズがついに偉大な007シリーズへの帰還を果たし、新たな物語を語ることを象徴する瞬間だ。オープニングクレジットも「スカイフォール」と肩を並べるほどの素晴らしさで、サム・スミスが歌う「Writing's On the Wall」にのせて炎をバックに女性に囲まれた裸のボンドが現れて、鏡に現れるかつての宿敵や愛すべき女性達の姿がフラッシュバックしながら、死の象徴であるドクロが何度も現れて、スペクターの象徴であるタコが絡みついていく…死や亡霊の危険な匂い、艶めかしい官能的な匂いを感じさせてこそ007だ。そんな冒頭が示すように、バックファイアや脱出装置を搭載したアストンマーティンDB10や爆弾になるオメガウォッチなどの秘密兵器、ボンドを凌駕する大男の刺客ヒンクス、マオカラーのスーツを身にまとい眼に強烈な傷を残すブロフェルドとペルシャ猫、モロッコのクレーターに陣取る不気味で機能的なスペクターの秘密基地など少々荒唐無稽なスパイ活劇だったかつての007シリーズを象徴する要素が現代的に蘇る。荒唐無稽な設定はシリアスハードボイルドな雰囲気と合わないイメージがあるが全然そんなことはない。

 

他にも体内にボンドの居場所や体調をモニタリングできるようなナノマシンを打つ場面は「カジノ・ロワイヤル」、白いタキシード姿のボンドやそっけない部屋で行われる痛々しい拷問は「ゴールドフィンガー」、列車の格闘戦は「ロシアより愛をこめて」などこれ以外にも様々なオマージュが散りばめられるが、最も大きなオマージュは「女王陛下の007」だ。例えばかつての悪役や重要な登場人物達が登場するオープニングクレジットや、かつての悪役であるミスター・ホワイトの娘マドレーヌとのラブロマンス、マドレーヌの勤め先である雪深き山の頂上にそびえたつ診療所、ボンドとブロフェルドの因縁を巡る戦い、事件解決後マドレーヌとともにボンドが旅に出る展開など今作のストーリーや展開における重要な部分の多くを「女王陛下の007」が占めていると言える。だが結末は「女王陛下の007」とは逆になっており、今作はダニエル・クレイグ版007シリーズへの決着だけでなく、「女王陛下の007」の雪辱を晴らしたとも言えるだろう(今後制作されるであろう続編の冒頭で「女王陛下の007」通りの展開になるかもしれないが…)

 

ただ正直に言えばダニエル・クレイグ版007シリーズの中ではかなり隙も多い出来栄えになっているのも事実だ。今作ではかつての007シリーズにあった荒唐無稽なスパイ活劇とシリアスハードボイルド路線を同時にこなしていくために、これでもかと様々なロケーションで繰り広げられるアクションとボンドとブロフェルドを巡るドラマが詰め込まれている。その結果、148分というシリーズ最長になるほどの長さにまで肥大化してしまい、敵味方双方の目的や行動の意図が分かりにくい場面や無駄で冗長な展開が多く感じられる。しかもこんなに長いのに、ブロフェルドとボンドという義兄弟の確執やボンドの内面、マドレーヌという女性がどう魅力的にボンドの人生に印象付けられていくのかなど描いてほしい部分がサラッと流されてしまって物足りない…これは最大のマイナスポイントだろう。他にもMやQ、マニーぺニーがまるでミッション:インポッシブルのようなチームとして活躍する展開があまり007シリーズと合っていない、トーマス・ニューマンのスコアも何のアレンジもなしに主題歌のインストゥルメンタルバージョンをそのまま劇中で流してしまうなど前作より精細さに欠ける、爆発が起こったのにパレード中止にならなかったりいつの間にか列車の客がいなくなるなどに代表されるご都合主義な展開、最終決戦でマドレーヌが捕まってしまうという展開が作りたいがためにボンドとマドレーヌが分かれてマドレーヌが一人で街を歩くという作り手の都合が見える無理やりな展開などなど…はっきり言ってシリアスハードボイルド路線とかつての007シリーズらしいスパイ活劇を上手く溶け合わせることに失敗しているようにも思える。これらの点から今作に厳しいジャッジを下す人が多くいるだろう。自分も見終わった後、不満点が山のように出てきた。

 

だが今作を見ている間には、そのような不満を感じないどころかむしろ映画に没入してしまうほどに充実した時間が存在し、どのシーンを切り取って見てみても確実に「ジェームズ・ボンドが活躍する007シリーズの映画」がそこに存在したように感じたのだ。映画の作りとしてはユルい一面も多いけれど、全てにおいてヴィンテージな味わいのエレガントさ、死とエロティックな匂いが充満する世界でジェームズ・ボンドがかっこいい秘密兵器を使いながら派手なアクションを上品に決め、ヒロインとの情事もこなし、亡霊のように付きまとう悪の秘密組織を倒すという荒唐無稽に思えるけれど男のロマンに溢れた映画…そうだこれこそ007シリーズの映画だと実感させられるのだ。確かに無駄に長い尺やその歪なバランスや作りの甘さは大きな反感を生むだろう、だが自分は無駄と思われたシーン1つ1つに007らしさが滲み出てくる今作を、その歪なバランスや作りの甘さを含めて1つの007シリーズの映画として愛してしまったのだ。もうこればかりはしょうがないのである。また「キングスマン」で打ち出されたシリアスなスパイ映画を牽制して荒唐無稽であり続けるスパイ活劇というスタイルに対する007シリーズなりの回答のようにも思えた。

 

役者陣についてだが、ダニエル・クレイグはいよいよジェームズ・ボンドとして脂がのってきたと断言できる。シリアスでハードボイルドでありながらファニーな一面も見せてくれる…ああ、なんと魅力的なのだろうか。ブロフェルド役のクリストフ・ヴァルツもアクの強い不気味さを以ってボンドに立ち向かう。カッコウの鳴き真似などかなり印象的なのだが、出番が少な目なのが惜しいところだ。マドレーヌ役のレア・セドゥは魅力的ではないと書いたものの、美しいドレス姿になった瞬間には画面を支配するし、自由奔放な田舎娘っぽさが印象的だ。続投組で一番輝いていたのはやはりQ役のベン・ウィショーだろうか。ボンドと多少打ち解け合ったのか冗談も言い合える仲となり、ボンドに振り回される姿がなんとも愛おしい。もちろんマニーペニー役のナオミ・ハリスやM役のレイフ・ファインズも素晴らしいし、ヒンクス役のデイヴ・バウティスタやルチア・スキアラ役のモニカ・ベルッチの存在感も見事だった。ミスター・ホワイト役のイェスパー・クリステンセンの再登場やどう見ても悪役面なマックス・デンビー役のアンドリュー・スコットも印象的だった。

 

シリアスハードボイルドな路線を培ってきたダニエル・クレイグ版007が、ユルさを含めたスパイ活劇的を取り入れて、遂にかつての007シリーズへと凱旋を果たした。その歪なバランスに文句を言ってやりたい部分も確かにあるが、自分はこの路線を歓迎したいし今後もダニエル・クレイグジェームズ・ボンドの活躍が見たいなと強く感じた。

 

前作のレビューはこちら

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