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頭の中の感想置き場

映画、アニメを中心に感想や想いを綴っていきます

~全てを殺し、全てをネタにし、愛を貫くピュアハート~「デッドプール」ネタバレレビュー

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作品概要

末期ガンを治すためと騙され、謎の組織の人体実験によって醜い体と治癒能力を獲得したおしゃべりな傭兵が、愛する彼女にまた会うために謎の組織との戦いに身を投じるX-MENシリーズの人気キャラクターを映画化。出演はライアン・レイノルズモリーナ・バッカリン、ブリアナ・ヒルデブランド、T.J. ミラー、ジーナ・カラーノ、エド・スクレインなど。監督は「ドラゴン・タトゥーの女」のタイトルシークエンスなどを担当し、今作が長編監督デビューとなるティム・ミラー。

 

 

点数:5.0点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

映画の構造や内容全てをギャグにしてしまうメタ構造や年齢制限も上等な暴力やエロ、お調子者でおしゃべりなキャラクター独特のテンポ感によって誰も見たことないアメコミヒーロー映画になっているだけでなく、デッドプールというキャラクターの面白さやギャップがとても魅力的で一瞬にして虜になってしまった。

 

デッドプールX-MENシリーズやマーベルヒーローの中でもトップを争うほどの人気キャラクターであり、唯一無二のキャラクターだ。そんなデッドプールというキャラクターを初めて知ったのは「ウルヴァリン: X-MEN ZERO」だった。どんな任務中でも口数の減らないおしゃべり傭兵を今作の主演でもあるライアン・レイノルズが演じ、最後には数々のミュータントの能力を併せ持つラスボスとして、そのおしゃべりな口を塞がれた状態でウルヴァリン達と戦っていた。だが今思えばデッドプールというキャラクターの魅力を全く生かせていなかったと言えるだろう。今作はそんなデッドプールの魅力を最大限に生かした意欲作だと言える。

 

まず目を引くのはデッドプールの「第四の壁を破る」を生かしたメタフィクション的構造だ。デッドプールの数多くある魅力の1つである「第四の壁を破る」とは、作品内世界と我々観客の世界は隔絶されている前提によって存在する透明な壁を破って観客に語り掛ける手法のことだ。今作でもデッドプール自身による超馴れ馴れしいナレーションによって物語の時系列がシャッフルされながら展開していく。時には劇中で激しいアクションをしている最中にも関わらず「部屋のコンロの火消したっけ?」なんて全く物語に関係ないことを観客に語り掛けてくることも多々ある。他にもデッドプールが残虐なことを行うために勝手にカメラ位置を変える場面や、戦いに赴く場面で音楽のスタートを指揮する場面など映画自体に大きく干渉しているかのような描写まであり、今作のメタフィクション構造を更に押し上げる。まるでデッドプールがやりたい放題しながら自分の物語を語っているようだ。

 

そして映画を構成する事象やポップカルチャーをネタにしたギャグによってやりたい放題ぶりに拍車をかけていく。冒頭からアメコミヒーロー映画によく出てくるキャストやスタッフあるあるを皮肉ったタイトルシークエンスが流れたと思ったら、デッドプールが今作に登場するX-MENメンバーがたった2人しかいないことをぼやき、せっかく大量に用意した重火器をタクシーに忘れてしまうなど予算の少なさをいじり倒す。他にも主演であるライアン・レイノルズに関するネタ(「最もセクシーな男性」に選ばれたこと、ことごとく失敗し続けたアメコミ原作映画)、アメコミヒーロー映画に関するネタ(ヒーローがよくやる着地ポーズ、エンドロール後のオマケ、時系列リセットによって複雑化したX-MENシリーズ)、映画やポップカルチャーネタ(「96時間」「フェリスはある朝突然に」、ヒュー・ジャックマン)などのギャグがデッドプールのマシンガントークによって繰り出される。他にも様々なネタやギャグが登場するが、その辺りの解説は劇場パンフレットに詳細な解説があるのでここでは割愛する。ネタの内容は「テッド」を彷彿とさせるが、とことんメタなネタにこだわっているところが今作との違いだ。

 

また原作のテイストを象徴するバイオレンス描写やエロ描写をきちんと取り入れているところも他にはない新鮮さを生み出す。巨額の製作費を投じ、大ヒットを狙わなければならないアメコミヒーロー映画にとって年齢制限がかかってしまう要因となるバイオレンス描写やエロ描写は避けられる傾向がある。しかし今作では血みどろなアクションはもちろん、首チョンパや手首を切る描写まで登場するし、デッドプールことウェイド・ウィルソンと彼女のヴァネッサとの記念日セックスの数々やストリップバーに登場するおっぱいモロ出しのお姉さんが平気で登場する。しかしどんなに凄惨な場面が出ようとも、ふざけた調子で登場キャラクターや観客に冗談をしゃべり続けるデッドプールによってなんともいけない陽気な面白さに変化していく。この2つの相反するものが生み出すギャップはデッドプールというキャラクターならではの魅力だろう。ギャップといえばハローキティのグッズを好むというのもチャーミングだ。

 

そしてギャップはストーリーにおいても大きな意味を持つ。前述してきた文章だけを読むと、今作はグロテスクなアクションとギャグ満載のアクションコメディのように感じるかもしれないが、実は今作のストーリーはアメコミヒーロー映画らしいヒーロー誕生物語であり、ピュアで一途なラブストーリーなのだ。おしゃべりで自分より悪い悪を倒す傭兵としての生活をしていたウェイド・ウィルソンは、自分と同じようにクレイジーな女性ヴァネッサと恋仲になり、幸せな生活をしていた。だがそんな幸せな日々はウェイドの体を蝕む末期ガンによって終わりを告げる。ヴァネッサに心配をかけたくないとウェイドは藁をも掴む思いで謎の男が提示する研究所での人体実験に志願し、静かに彼女のもとから去る。

 

だがその研究所はミュータント能力を身に着けた副作用で感情を持たない科学者エイジャックスがミュータント兵士を作り上げるために非人道出来な研究をしている研究所で、ウェイドはそこで拷問のような人体実験をされ続ける。その結果、最強の再生能力を獲得してガンを完治することに成功するが、「エルム街の悪夢」のフレディ・クルーガーのような焼きただれた容姿になってしまう。今までの悪行と自分を醜い姿に変えたエイジャックスに対して怒りが収まらないウェイドは研究所を破壊し、彼と激しい戦いをするがあと一歩の所で取り逃がしてしまう。

 

なんとか脱出に成功したウェイドは黙って出て行ってしまったヴァネッサに会いに行こうとするが、自分の醜い姿を見せる勇気がなく尻込みしてしまう。そこでウェイドは自らの姿をマスクで隠し、自分の体を元に戻してもらうためにエイジャックスを探し出すことを決心する。そしてウェイドはエイジャックスに関わっているであろう人物を片っ端から殺していき、エイジャックスの手がかりを見つけ出そうと奮闘する…こうしてウェイド=デッドプールという世界一破天荒なヒーローが誕生したのだった。

 

2年間の歳月を経て、遂にエイジャックスを見つけたウェイドは目的を果たそうと高速道路でド派手なチェイスと殺人を行っていくが、肝心な所でウェイドを改心させてX-MENのメンバーにしようとしてくるコロッサスと不機嫌そうなネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドに邪魔されて、またもやエイジャックスを取り逃がす。一方、ウェイドが生きていることを知ったエイジャックスはヴァネッサを誘拐しウェイドをおびき寄せようとする。友人のウィーゼルからヴァネッサが誘拐されるかもしれないことを知ったウェイドは、ヴァネッサに危機を伝えようとするものの、自分の醜い姿を見せることに躊躇している内に、エイジャックスに誘拐されてしまう。

 

怒り狂ったウェイドは「邪魔した責任を取ってもらう!」とコロッサスとネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッドを引き連れて最終決戦に挑む。ウェイド達は苦戦を強いられながらも、数多くの兵士達を皆殺しにし、アジトを壊滅させてなんとかエイジャックスを追い詰める。しかし「お前の体を元に戻せるわけないだろ」と吐き捨てられウェイドは若干動揺するものの、コロッサスの「自分を受け入れろ」という長いお説教をサクッと無視してエイジャックスを殺害するのだった。

 

復讐を成し遂げ、遂にヴァネッサと再会をすることをなったウェイドは、勝手に姿を消したことや戦いに巻き込んでしまったことを詫び、自分の醜い姿を見せる決心をする。そしてウェイドはマスクと、念のためにホチキスでくっつけていたヒュー・ジャックマンのお面を外す…その顔はどこか不安気だ。だがヴァネッサは、ウェイドの不安とは裏腹に軽く冗談を言いながらウェイドを抱きしめ、熱いキスを交わす。ウェイドは勝手に姿を消して、挙句醜い容姿になってしまった自分をヴァネッサは受け入れてくれないと思い込んでいたけれど、ヴァネッサはきちんと彼女のために一途になり続けるウェイドの内面を見てくれていたのだ。人はどうしても外見ばかりを気にしてしまいがちだが、本当に大事なのは中身であることを改めて教えてくれる。バイオレンスでふざけ倒している外見と一途な純情ラブストーリーな中身というギャップがキャラクターの魅力を上げるだけでなく、映画構造にもしっかり貫かれているのだ。

 

またティム・ミラーの演出や練られた脚本も素晴らしい。時系列シャッフルはキャラクターのポーズとフィギュアのポーズが連動するなど連想的に繋げられているし、CGを駆使したアクションのアクロバティックさをじっくり見せつけるなど、こだわりが見られる。予算が少ないけれど決して見劣りしないような魅せ方を心掛けているのだと思う。他にもタクシー運転手のドーピンダーにまつわるエピソードも作品のメッセージにしっかり合っているし、Salt-In-Pepaの「Shoop」やニール・セダカの「Calendar Girl」など音楽のセンスも素晴らしくてサントラも必聴だ。サントラといえばトム・ホルケンバーグのかっこいいサウンドも忘れてはいけない。ド派手でロックなサウンドは彼ならではだ。

 

一応だが欠点も挙げておく。まずは予算が少ないこともあってか大きなアクションシーンが少なく、ロケーションの乏しさも意外と目につく点とストーリー自体はシンプルでカオスさが足りない点だ。つまり何が言いたいかというともっとド派手に暴れててほしい、狂っててもいいよということだ。ただその欠点は十分他でもカバーできていると思うし、次回作ではきっと予算も増えると思われるので、もっといろいろな世界観とカオスさを見せてくれるのではと思う。あくまで今後への期待から生まれる欠点だ。

 

最後に俳優陣についてだが、やはりライアン・レイノルズの演技がすさまじい。見事な肉体を見せつけ、ずっと軽薄そうにしゃべり続ける様は「これぞデッドプール!」と叫びたくなるほどのシンクロ率を見せる…本当に彼でよかったと思う。ヴァネッサ役のモリーナ・バッカリンはすごくセクシーで芯のある女性を見事に演じていたし、T. J. ミラーのあのけだるそうなマブダチ感がすごくよかった。エイジャックス役のエド・スクレインとエンジェル・ダスト役のジーナ・カラーノは一見すると印象が薄い役に見えがちだが、アクションシーンではとてもイキイキと動き回る憎々しい役として存在感を放つ。ネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド役のブリアナ・ヒルデブランドのパンクな姿は鮮烈だったし、CGキャラクターのコロッサスはクソがつくほどの優等生ぶりを見せつけて笑いを起こす…どのキャラクターも魅力的だ。

 

バイオレンスでエロティックな描写や全てをギャグにしてしまう映画構造という外見に包まれた純情で一途なラブストーリーというギャップに惚れたと同時に、「中身が素晴らしい人こそが本当のヒーローなんだ」というメッセージにどこか勇気をもらったような気がする。本当に明るくて楽しい最高の作品だ。