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~前編のしわ寄せと答え合わせ~「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN END OF THE WORLD」ネタバレレビュー

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作品概要

突如現れた巨人たちによって壁の中での生活を余儀なくされた人類の戦いを描く諌山創の大ベストセラー漫画「進撃の巨人」を2部作で映画化した後編。監督を樋口真嗣、脚本を映画評論家の町山智浩渡辺雄介が前編から引き続き担当し、三浦春馬水原希子長谷川博己本郷奏多三浦貴大桜庭ななみ松尾諭石原さとみピエール瀧國村隼と前編と同じく豪華なキャストが揃う。

 

 

点数:1.5点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください。

 

  

前編で素晴らしいと思った部分は減り、悪かった部分がこれ以上ないほどに顔を出すようになっただけでも悲しいのに1本の映画としてまず成立していないことが残念極まりない。

 

まず映画の構成事態がおかしい。「るろうに剣心」や「寄生獣」など最近の邦画大作は前編後編に分けることが多くなったが、出来栄えの差はあるものの前編後編それぞれ1本の映画としての起承転結はあった…というかそこはできていて当たり前である。だが今作にはそれすらも出来ていないような印象を受けてしまう。なぜならば今作は世界観の説明とテーマにまつわる説教が大半を占め、前編にあった巨人襲撃による惨劇や巨人による無双などのカタルシスがほとんどない…いわば前編の答え合わせだけなのだ。普通ならば前編での流れを受けてどのようなスぺクタルが展開されながらフィナーレを迎えるのかと期待するものだが、ただ世界の謎についての説明と説教ばかり見せられるだけでは何も面白くないのである。どうやら予算が足りなくなってしまい、2部作公開を条件に予算を確保したとのことらしいが…ならもっと前後編への区切り方に関してもっと繊細に考えるべきだし、盛り上げる努力をして欲しかった。正直このぐらいの内容ならば1本でまとめられるのではと思った。

 

また最終的に描かれる主題と主人公の行動がチグハグで何一つ噛み合っていないように見えてしまう。後編においてエレンの前に二つの勢力が現れる。何度も巨人の恐怖を忘れて壁に囚われた人類を飼いならされた家畜と表現するシキシマは、今ある政府や何もしてこなかった民衆を全てリセットするために壁を破壊しようと企む反乱軍のリーダーで、鎧の巨人に変身し政府に囚われていたエレンを救出し、この時代には似つかわしい近代的な白い部屋で彼にこの世界の真実を伝える。一方、政府の一員であるクバルは巨人による恐怖を民衆に植えつけることで民衆を操るという仕組みを守るために、壁修復の妨害やエレン殺害を企て、最終的に超大型巨人に変貌してまでエレン達を妨害する。

 

エレンは民衆を支配する政府とそれに反旗を翻す過激な反乱軍に触れることによって、どちらの勢力にも反旗を翻して巨人からの解放と壁を乗り越えていくという選択を取るのだが…そのテーマがうまく伝わってこない。結局、ガキの戯言をウダウダ叫んでばかりで何一つ答えを出さずに終わってしまったように見えてしまう。これは前編でその動機付けがうまくできていなかったこと、細かい描写の連なりが雑だったなど前編でも悪いと感じた部分できていなかった部分のしわ寄せがきたのだと感じる。後編を見終わった後に前編を思い返すと、エレンがなぜ外に出たいのかという気持ちの強さや切実さを感じなかった。あとエンドロール後に挟まれた続編を匂わせる映像がエレン達の解放を妨げているように感じる。好意的にとらえて現実はそういうものだと言いたいのかもしれないが、これにより1本の映画としての解決を放棄したように見えるし、こんな出来栄えの作品がまだ続くのかという絶望と怒りしか湧いてこない。答えを描かないことと放棄することは違うと言いたいし、答え合わせのような映画でありながら主題に対する答えは提示できていないように感じるのである。

 

そしてカタルシスのある見せ場が減ったことで前編の時にも感じた人間ドラマ部分の脚本や演出が鼻につくようになった。とにかく辟易したのが世界観、感情、主題の全てが説明台詞で済まされてしまうところだ。ベラベラと演説大会が続き、こんなこと普通の人は言わないだろという台詞のオンパレードは本気で苦痛だし、演説中はみんな棒立ちで物語が止まってしまう。世界観についてはどうしても台詞で説明しないと難しい部分があるのは分かるが、感情や主題はもっと演出や俳優陣の演技、編集などで補正できたはずだ。誰のせいなのかとかは分からないのでなんとも言えないが、映画においてベラベラと台詞で説明してしまうことを嫌っているはずの町山智浩が関わっていてもこうなってしまうのが悲しい。

 

また切実な状況なのにどうでもいいようなキャラクターのドラマや描写が続くことで退屈さが増すどころか、キャラクターの扱いまでも雑になっている。ジャンは結局文句垂れてばかりのまま死んでしまい、サシャがミカサを励まそうとするという場面はなぜか2度も描写され、しかもイマイチ意図が伝わってこない。特にひどいのがハンジで反乱軍の装備にはしゃいで装甲車に乗り込んだ後は一切出てこず、ラスト付近にロケットランチャーを持ってくるだけのキャラクターになってしまう。原作のハンジは巨人など知的好奇心によって狂気に走るが、ときには聡明さも見せるキャラクターだと思うのだが、その聡明さは石原さとみの怪演むなしく消え失せてしまった。結局キャラへの愛より「こういう展開がやりたいから」という理由が透けて見えてしまっているのだと思う。でもその割には1つ1つの展開は間抜けで無駄に冗長である。時限爆弾のくだりはギャグかと思うレベルでひどいし、エレン巨人が意識を失いそうになるのをミカサがどうにかする展開や超大型巨人との戦いもいちいち会話を挟んでしまうことで長く感じる始末。ちなみにシキシマとエレンが兄弟だったという事実があっさり流されて、エレン自身には一切その情報が伝わっていないなど地味に描かれた要素を放置しているのもタチが悪い。

 

あと役者陣の演技も全てオーバーアクトでウザいったらありゃしない。長谷川博己の浮世離れした演技は更にパワーアップし、前述した扱いの悪さによって石川さとみの渾身の演技は上滑り、國村隼の大げさな演技は見ていて辛い。特にひどいのが三浦春馬で「ウワアアアアアア!!」と叫ぶ場面が連続するのだがもう舞台を見ているような過剰さでシラケる。前編でも過剰に感じる部分はあったが後編はもはや目も当てられない気分に…今後、映画館で三浦春馬の演技は見たくないとさえ思ったほどだ。樋口真嗣がきちんと演技指導できないばかりにこういう事態になるのだと思う。

 

悪いところばかり書いてきたがいいところだってある。エレン巨人VS謎の鎧の巨人とのバトルはプロレスのような大迫力があって、前編のエレン巨人による無双とはまた違うスぺクタルになっていて、前編で意図が分からないと感じたエレンとジャンの喧嘩のアクションの見せ方が伏線になっていてどういう理由で勝つことができたのかというロジックもあって工夫されていると感じた。また超大型巨人の迫力もすごく、画面に超大型巨人の顔が迫ってくる場面はスケールたっぷりで、邦画でも洋画に負けない迫力や質感のある映像を作れるのだなと感心したと同時に、ラストに広がる光景は「猿の惑星」を彷彿とさせる驚きがあった。あと巨人の誕生から支配されていく原因を見せるモンタージュ映像があるのだが、軍人たちが巨人を生み出す映像やコンビニの女子高生が突然巨人に変貌し周囲の人が圧死してしまう映像、戦車で巨人に立ち向かう映像など露悪的で斬新なアイディアがたっぷり入っていて面白かった。なんとなく中島哲也で制作が進んでいた時のアイディアや案に近い気がした。

 

制作陣が伝えたいと思っているテーマは空回り、人間ドラマは雑で、かろうじでかっこいい部分はあるが内容は前編の出がらしのような薄さ…前編では好意的に思っていた自分ですら後編に関しては全く擁護する気が起こらない。せめて1本の映画としてまとめてくれていれば個人的に「人間ドラマ部分はアレだったけど惨劇シーンは最高だったね」と好意的な感想になっていたのに…。これから樋口真嗣は特撮に専念してほしいと同時に、邦画界は二部作でやるならばそれに見合った構成やクオリティだけはしっかり確保して欲しいと願うばかりだ。