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~マシュー・ヴォーン流、英国スパイ映画へのラブレター~「キングスマン」ネタバレレビュー

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作品概要

貧しい労働階級に生まれ不遇な生活を送る青年がどこの国にも属さないスパイ機関「キングスマン」のエージェントにリクルートされ、人類抹殺を企てるIT企業家の悪事を止めるべく奮闘するマーク・ミラー原作のコミックを映画化したスパイアクション。出演はコリン・ファース、タロン・エガートンサミュエル・L・ジャクソンマイケル・ケインマーク・ストロング、ソフィア・ブテラ、ソフィー・クックソン、マーク・ハミル、ジャック・ダヴェンポートなど。監督は同じマーク・ミラー原作コミックを映画化した「キック・アス」のマシュー・ヴォーン。

 

 

点数:5.0点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

荒唐無稽で愉快なスパイ映画へのオマージュとイギリス魂溢れる気品と皮肉が随所に散りばめられ、マシュー・ヴォーンらしい痛快さとマークミラーらしい中二病がぶち込まれて独特で危険なバランスを維持した痛快スパイアクションだ。

 

まず素晴らしいのがかつての007シリーズに代表されるような荒唐無稽でどこか愉快である壮大な英国式スパイ映画をなぞるかのような設定やオマージュが散りばめられている所だ。オーダーメイドで作られた上質なスーツを身にまとい、知的な言い回しをしながら英国紳士らしい気品さと男らしさを振りまき、華麗に敵をなぎ倒すキングスマンのエージェントはジェームズ・ボンドを連想させるし、ライター型手榴弾や毒入りペン、毒の刃が仕込まれた靴に傘型のシールド付き銃などの秘密道具など往年のスパイ映画らしいガジェットも登場する。そんなキングスマンの秘密基地は格式高いテーラーに巧妙に隠され、スパイガジェットも英国らしいシックな作りの部屋に綺麗に整理整頓されて置かれている。こういうイギリスらしさ全開なスパイ映画が大好きな自分にとってこういう一つ一つのこだわりがたまらなく愛おしい。他にも主人公に与えられた犬につけたJBという名前の由来を聞く場面やマティーニを頼むくだりなど知っているとニヤリとできる要素や小ネタもあって実に楽しい。

 

また敵の設定もかつての007シリーズに登場した頭のネジがぶっ飛んだ悪役を彷彿とさせる。今回の敵であるヴァレンタインという男は地球が汚染されているから選ばれた人間だけ残してあとは全部抹殺してしまえばいいという狂った考え方を持つアメリカ人IT企業家兼エコロジストだ。まるでスティーブ・ジョブズを連想させるカリスマぶりを発揮しながらも、その風貌はファンキーなラッパーというのも現代的でありながら相反するものが混ざり合うカオスさが斬新だ。そんな彼の相棒はガゼルという足が義足兼ブレードになっている女殺し屋で荒唐無稽と大味のスレスレを攻める往年のスパイ映画のツボを見事につくポイントだ。

 

この英国スパイ映画に対する細部へのこだわりはマシュー・ヴォーンの意向が色濃く反映されているからだろう。例えば主人公を導く存在であるハリー・ハートとヴァレンタインがお互いの情報を引き出さそうと駆け引きを行う際に好きなスパイ映画の話題になり「今のシリアスなスパイ映画は苦手だ、昔ながらの現実離れしたスパイ映画が好きだ」とハリーに言わせ、別の場面では「これは映画ではない」と何度もヴァレンタインに言わせる。それはマシュー・ヴォーンのリアルが重視されどんどんシリアスにダークなってしまったスパイ映画に対する嘆きが込められ、この映画が見事なまでに痛快で荒唐無稽であり続けることによってシリアスなスパイ映画へのカウンターパンチになっている。

 

また原作者であるマーク・ミラーらしい厨二なストーリーも今までのスパイ映画にはない新しい風を吹かせている。主人公のエグジーは労働階級の生まれで父は死別(実はキングスマンエージェントで訓練中に死亡)し、母はいかにもガラの悪いチンピラと付き合っているせいで彼自身も荒み切った生活をしている…ただエグジー自身は決して根っからの悪ではなく仲間のために身代わりになるなど正義感は強い青年だ。そんなエグジーは父の知り合いであるハリーというキングスマンエージェントにリクルートされる。だが同じくリクルートされてきたキングスマン候補は貴族階級ばかりで訓練は死んでもおかしくないほど危険なものばかり…それでもエグジーは疎外感を感じながらもどんどん難関な課題をクリアし紳士とは何か、英国スパイとは何かを学んでいく。ハリーがパブで母親の彼氏のチンピラをなぎ倒す場面で「マナーが紳士を作る」と言うように、真の英国紳士は生まれながらの階級なんて関係ない、自分の意志によって切り開くものだというテーマが見る者の心を掴む。伝統を受け継ぎ、文字通り一流の英国紳士スパイとなったエグジーの活躍ぶりはとてもかっこよく、エンドロール途中にはハリーがチンピラをなぎ倒した場面をエグジーが同じようになぞる場面が描かれ、ハリーの意志がエグジーに受け継がれたこと示す…なんともニクいではないか。しかもイギリスに根強くある階級社会への皮肉も連想させる。

 

そしてマシュー・ヴォーンらしい痛快さが荒唐無稽な愉快さと皮肉を加速させる。前述したエグジーの成長物語がイギリスの階級社会への皮肉になっていることなんてまだ序の口、後半の展開はもうどう言葉にしていいのか分からないほどぶっ飛んでいて、エロやらギャグもどんどん盛り込み、アメリカ南部のキリスト教原理主義者や階級社会(主にイギリス)など各方面に対して悪意に満ちたブラックなネタを平然とかまし、アクションはどんどんキレッキレになっていく…まさに「パーティ」という言葉が相応しい。例えばハリーがアメリカ南部白人のキリスト教原理主義の集会で「昨夜は黒人の男性とアツい夜を過ごした」と盛大に喧嘩を吹っ掛けて、アメリカ南部の白人たちが大好きなレーナード・スキナードの「Free Bird」にのせて教会の原理主義者たちを皆殺しにする場面(一応ハリーはヴァレンタインの無料SIMカードによる怪電波で操られている)や、ヴァレンタインによる選民主義によって選ばれた為政者や億万長者たちがエルガー作曲の「威風堂々」に乗せて盛大に頭を花火のように爆発させる場面(ヴァレンタインに選ばれた者には頭にチップが埋め込まれ反逆や危機を察知すると爆発する仕掛けがなされていて、エグジー達がその仕掛けを乗っ取った)、任務を完了したエグジーのご褒美がスウェーデン王女とのアナルセックスというオチなどのあまりのやりたい放題ぶりにはもう開いた口がふさがらないどころか大笑いである。

 

またセンスのある軽快な音楽にのせて敵を容赦なく叩き潰す様はもはや痛快である。教会のアクションシーンは画面の中央でほぼワンカットのようにシームレスに展開され、カオスな状況ながらアクションはとても見やすい。エグジーとガゼルのバトルではアクロバティックな動きを見せながらもきちんとメリハリのきいたスローやズームでこちらもまた見やすい。見やすいアクションはマシュー・ヴォーンの映画ではお馴染みだが、この映画においてはシリアスになったスパイ映画にありがちなブレたカメラワークの中で展開されるアクションへのカウンターパンチにもとれる。またヘンリー・ジャックマンのスコアも007を彷彿とさせながらも現代的なアクションスコアを鳴らす。

 

ただ前半の訓練シーンが冗長な割に主人公の成長が見えにくいとか、犬などの一部キャラクターの扱いなど後半の痛快な展開と噛み合ってないなど引っかかる部分も多い。これは僕の憶測だがマシュー・ヴォーンは英国スパイ映画活劇と厨二的な成長スト-リーへの思い入れがどちらも強すぎて結局取捨選択できずにとっ散らかったのではないかと思われる。だが後半のエクストリームな展開はそれらを全て許せてしまうほどにパワフルなのである。なのでこの映画はかなり危ういバランスで成立している映画で、それ故に気に入らない人も多い気がする。

 

最後に役者陣についてだが、英国出身の俳優たちがスーツを着こなしてアクションを繰り広げるだけでテンションが上がるというものだ(実は僕、スーツフェチなのだ)。まずハリー演じるコリン・ファースの佇まいのかっこよさと言ったらもう最高だ。大人しそうな雰囲気から放たれる洗練されたアクションも髪も乱れるほどの過激なアクションも華麗にこなしてしまう…彼に惚れない人はいないだろう。ただまさか教会での無双シーン以降ヴァレンタインに殺されてしまうというのには驚いたが…(一応次回作にクレジットがあるので生きていると思われるが*1)。主人公のエグジーを演じたタロン・エガートンもヤンキーな雰囲気がハマっていて、いつの間にかコリン・ファースの面影をきちんとトレースしているのが見事だ。他にも訓練監督や様々な場面でのサポートに徹しながらも、自分の武器は絶対に貸さないというお茶目な一面を見せるマーク・ストロングやいかにも紳士の頂点のようなかっこよさがあるマイケル・ケイン、逆にいかにもアメリカ人なフランクさといい加減さがはまるサミュエル・L・ジャクソン、素晴らしい身のこなしで圧倒するソフィア・ブテラなど個性的で知的、そして大胆な演技を見せてくれる。

 

痛快な英国スパイ映画への愛とイギリスらしい気品と皮肉、クリエイター陣の痛快厨二アクションが合わさり、何とも言えない興奮の渦に巻き込む…これはマシュー・ヴォーン流のスパイ映画へのラブレターなのだ。続編では日本を舞台にスキーアクションをしたいとのことらしいので是非実現してほしいところだ。

*1:※製作総指揮のマーク・ミラーによるとコリン・ファース再登場の可能性はあり、脚本家達にはそのアイディアもあると発言しただけで現時点で出演が確定しているわけではないようです。完全にこちらの勘違いで誤解を招くような記述にしてしまい申し訳ありません。ただマシュー・ヴォーンは日本でのスキーアクションのシーンの一部脚本をコリン・ファースに見せようとしていたという発言もあるので何らかの形でのコリン・ファース再登場はかなり現実味のある話なのかもしれません。