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~偉大な父の血筋を背負う青年とロッキーの人生という名の戦いと継承~「クリード チャンプを継ぐ男」ネタバレレビュー

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作品概要

ロッキーにとって最大のライバルであり、最高の盟友であったアポロ・クリードの実の息子であるアドニス・ジョンソンが、父と同じようにプロボクサーになるべくかつて父のライバルであったロッキーに協力を仰ぎ、新たな戦いに挑むロッキーシリーズ第7作。出演はマイケル・B・ジョーダン、シルヴェスター・スタローン、テッサ・トンプソン、フィリシア・ラシャド、アンソニー・ベリュー、グレアム・マクタヴィッシュ、アンドレ・ウォード、ガブリエル・ロサドなど。監督は「フルートベール駅で」のライアン・クーグラー。

 

 

点数:5.0点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

6作に渡る「ロッキー」シリーズのオマージュと情熱を踏まえながら、アポロ・クリードの血を受け継いだアドニスと自らの死が迫りつつあるロッキーの絆が共鳴し合い人生をかけた戦いに挑んでいく姿に胸を熱くする。そして二人の伝説の幕開けと継承が完璧に重なりあっていく瞬間の一つ一つに涙する傑作だ。

 

まず 「ロッキーがかつてのライバルで親友だったアポロの息子をチャンピオンとして育て上げる」という大筋だけで長年のファンならばもう泣いてしまうのではないだろうか。この映画の存在を知って、直前に全シリーズを初めて見たような自分でも「あぁこれは泣いてしまうな」と思ったほどなのだから…そしてその予感は見事に当たっていた。シリーズのオマージュ取り入れながら、孤独を抱えたロッキーの新たな戦いとクリードの血を引き継ぐアドニスの戦いが見事に交差し、ロッキー伝説の継承とクリード伝説の始まりが描かれていく様に全編通して涙が止まらないのである。

 

今作の主人公であるアドニス・ジョンソンはかつてのロッキーと比べるととても恵まれているように見える。アポロの妻であるメアリー・アンの愛情を受けて立派に成長したアドニスは銀行員として立派に働き、経済的にも恵まれていた。彼はアポロ・クリードと愛人との間に生まれたいわゆる隠し子で、父であるアポロはアドニスが生まれる前にドラコとの戦いで死んでしまい、実母である愛人も死んでしまったために、アドニスは里親や施設に引き取られることになる。だが父や母との思い出がない彼は行く先々で馴染むことができずに様々な問題を起こしていた。そんなアドニスをメアリー・アンは引き取り、父であるアポロのことを教え、無償の愛情で育て上げたのだった。ジョンソンという名前は母方の名前である。

 

そんなアドニスの中に眠る出自と血筋が彼の中で大きな迷いを生んでいた。どんなにボクシングと無縁の生活をしていようとも、彼の中に眠るアポロの血筋が「ボクサーになれ!」と叫ぶ。だが「クリード」という名前は大きな呪縛として立ちふさがり、アポロの隠し子という出自は引け目として重くのしかかる。どんなにボクシングを頑張ろうとも誰も自分の資質を見ることはなく、アポロ・クリードと比較されて「お前には無理だ」と一蹴され、自分は誰からも認められない存在であり、誰からも望まれていない存在なのではないかと悩み続ける。それでも自らの血筋を隠して我流でボクシングを学び、人知れずメキシコの闇ボクシングの試合に出場し、ロッキーVSアポロ戦のYou Tube動画を流しながら父のファイティングスタイルに合わせてシャドーボクシングをする…大きな血筋に囚われた青年の孤独にもう泣いてしまいそうだ。そしてアドニスは今の仕事をやめ、メアリー・アンから反対されながらもボクサーとしての道を歩む決心をし、彼はかつて父のライバルであり親友であったロッキーが住むフィラデルフィアに向かうのだった。

 

一方、ロッキーは相変わらずイタリアンレストラン「エイドリアンズ」の経営者として生活していた。だが遂に親友であったポーリーも亡くなってしまい、ロッキーがかつて愛した仲間は誰もいなくなってしまった。そんな彼のもとに「ロッキー3」のラストに内緒で行ったロッキーとアポロの戦いの存在を知るアドニスがやってきて、自分のトレーナーになってくれと頼みこむ。アポロに息子がいたことに驚くロッキーだったが「自分はもうボクシングから遠ざかった、君にはまだ選択肢がある」として彼の頼みを断る。このときロッキーは「ロッキー4 炎の友情」で試合を止めることが出来ずにアポロを見殺しにしてしまったこと、「ロッキー5 最後のドラマ」でトミー・ガンをきちんと導いてあげられなかったこと、「ロッキー・ザ・ファイナル」で断ち切ったボクシングの想いなど様々なことが頭によぎっていたのではないかと思う。だが基本的に他人のことを心配してしまうお節介な性格のロッキーはかつての親友であるアポロの息子のことが気がかりでしょうがない。そしてアドニスに基本的なトレーニングに関するアドバイスを与え、今は亡きエイドリアンとポーリーの墓前でトレーナーとしてアドニスを育て上げることを決心するのだった。

 

フィラデルフィアに来てから知り合った進行性の難聴を抱えながらも歌手としての夢を進み続けるビアンカの存在に支えられ、ロッキーと優秀なサポートメンバーによる過酷なトレーニングを乗り越え、アドニスはデビュー戦も見事に勝利する。だがこの試合でクリードの息子ということが世に知れてしまい、そのネームバリューを利用しようとする現役チャンピオンのリッキー・コンランから試合の依頼が来る。「クリード」という名前を背負って戦うことに悩んでいたアドニスだったが、ビアンカの「自分の人生に後悔しないように好きなことをやりたいようにやる」という一言に勇気づけられ、コンランとの戦いに挑むことを決意する。

 

だがロッキーの体には病気の魔の手が忍び寄っていた。練習中に突然倒れたロッキーは自身の体がエイドリアンを亡くしたときと同じ病気であるガンに蝕まれていることを知る。その事実をアドニスには知られないようにと振る舞うもののやはり隠せず、アドニスに「病気との戦いで勝てないことは分かっている、早く天国にいるエイドリアンと過ごしたい、お前には未来があるが所詮俺は壁に刻まれたボクサーたちと同じだ」と愛する者を失ってしまった孤独や後悔、諦め、不安を吐露してしまう。あのロッキーが死んでしまうかもしれないという事実(しかもエイドリアンと同じ病気で)と愛する者達がいない孤独にシリーズを追いかけてきた人ほどにこの場面は突き刺さる。そんな自分と同じようにアドニスもまたロッキーの病気に動揺してビアンカのコンサートで「クリード」の名前をからかった出演者と暴力沙汰を起こしてしまう。そのことを知ったロッキーは留置場へ迎えに来るのだがそこでアドニスは「クリード」という名前と血筋の呪縛、父がいないことへの孤独をぶちまけてしまう。 二人はそのまま喧嘩別れして人生をかけた戦いを諦めてしまいかけそうになるのだが、改めてお互いに歩み寄って共に戦うことを約束するのだった。

 

アドニスはデビュー戦のときとは比べ物にならないほどの過酷なトレーニングに挑み、ロッキーも治療に励みながら一生懸命に彼を育て上げる。そして迎えた試合当日、メアリー・アンからアポロのトレードマークである星条旗のトランクスとロッキーがかつてアポロから投げかけられた「お前は虎の目をしている」という言葉を送られ、アドニスは自らの力を示すべくリングに上がりコンランと壮絶な戦いに挑む。アドニスはかつてのロッキーのようにどれだけパンチを打たれようとも立ち上がり、アポロのように素早いパンチを繰り出す…だがコンランの強烈なパンチを喰らい続けたアドニスは遂にダウンしてしまう。

 

誰もがもうここまでかと目を背けている中、アドニスの頭では今までの人生が走馬灯のように流れていく…ロッキーのこと、ビアンカのこと、メアリー・アンのこと、孤独だった自分のこと、そして直接会ったこともないはずのアポロの面影…。一緒に戦い続けた者達の姿を見たアドニスは復活し、なんとか最終ラウンドに持ち込む。だが片目は膨れ上がり、目が見えない状態だ。そんな姿を見たロッキーは試合を止めようと進言するがアドニスは諦めない。「今ここで証明するんだ、俺は誤りじゃない」と告げる彼の姿は、かつてどうしようもなかった人生と自分を大きな晴れ舞台で変えようとしたロッキーと重なる。その姿を見たロッキーもまた病気との戦いを諦めないことを誓い「お前こそがクリードだ」とアドニスを伝える。本当の父のように自分を見てくれたロッキーの言葉を受けて、アドニスは最終ラウンドでは遂にコンランをダウンさせ、最後まで見事に戦い抜く。試合には負けてしまったが、この瞬間に彼は「アドニス・クリード」になったのだ。最後のインタビューで「父のことを愛している、何も恨んでなんかいない、クリードという名前を誇りに思う」と告げる姿はなんと誇らしいことか…そして二人はロッキー・ステップでお馴染みのフィラデルフィア美術館の前でお互いの人生を称え合う。ここに今、ロッキーの意志の継承とアドニスの伝説が始まったのだ。結局、継承と始まりを実感しながら展開される今作のストーリーに自分はずっと涙を流していたのだった。この感動は何物にも代えがたいかけがえのないものだ。

 

また今作の生い立ちが第1作目「ロッキー」を彷彿とさせるのも更に感動を押し上げる。今作は当時まだ映画学部に在学中で映画を1本も撮ったことのなかった監督のライアン・クーグラーがずっと温めていた企画で、彼のアイディアを聞いたシルヴェスター・スタローンはかつてのシリーズのように自分で脚本や監督を担当せずに、ライアン・クーグラーに脚本から監督まで全てを任せたのである。この製作過程はかつて俳優として鳴かず飛ばずだったシルヴェスター・スタローンが自分で「ロッキー」の脚本を書き上げて「ロッキー」シリーズを始めたことと重なって見える。ロッキーの意志がアドニスに受け継がれたように、シルヴェスター・スタローンの意志がライアン・クーグラーに受け継がれたのである。ちなみに今作の企画がスタートした年と「ロッキー5 最後のドラマ」でロッキーの息子を演じたシルヴェスター・スタローンの実の息子であるセイジ・スタローンが亡くなった年と同じというのもロッキーとアドニスの師弟関係、親子関係と重なって感慨深いものがあると感じた。

 

そんなライアン・クーグラーの演出とシリーズへの愛情が今作をシリーズ最高傑作と呼んで差し支えのないほどの高みへ押し上げる。特に目を引くのは長回しを多用した効果的な演出だろう。舞台裏からリングに向かうまでの道のりは他の場面よりも長めにカメラを回すことで、全てが決してしまう戦いの舞台へ向かう緊張感を実感させてくれる。そして長回しによる緊張感の演出が最高の形になって表れるのはアドニスのデビュー戦だろう。試合を丸々ワンカット長回しで描く手法という大胆な手法によっていつこの試合が決着してしまうのだろうか?アドニスが倒れてしまうのではないか?という緊張感によって画面に釘づけになり、役者たちの体技がしっかりと描かれる素晴らしいシーンだ。一方、ラストであるコンラン戦ではシリーズを踏襲した激しいパンチの応酬をドラマチックかつ熱狂的に描き出し、ボクシング描写も実際にプロとして活躍している選手やトレーナー達によって説得力のあるものとなっている。他にも幼少期のアドニスの拳によって彼の心模様を描く、「クリード」という血筋に悩む彼にしゃべるかけてくるチンピラ少年、目が見えないことを隠そうとこっそりドクターの指の数を教えるカットマンなど細かい演出でキャラクターの内面を描き出す味わい深い演出やシネスコ画面が真っ暗になってからの炎でカッと明るくなるコンランの入場シーン、トレーディングカードのようなファイターの戦績紹介などに代表される今っぽさがあるかっこいい演出などで映画全体がフレッシュなものとなっている。あとロッキーシリーズにおける今作の立ち位置を表したかのようにロッキーとアドニス、ビアンカが祝勝会をするときに見る映画が「007 スカイフォール」になっているなど細かな気配りも忘れていないことも付け加えておく。

 

また忘れてはいけないのがルートヴィッヒ・ヨーランソンによるスコアである。「ロッキー」シリーズといえばビル・コンティによる「ロッキーのテーマ」を思い浮かべるが、そのテーマに負けないぐらいにかっこいい「アドニスのテーマ」を立派に作り上げている。そんな「アドニスのテーマ」が効果的に使われるシリーズお馴染みのトレーニングシーンでは過酷な試練に打ち込むアドニスやガンと戦いながらもアドニスのコーチをするロッキーの姿に高鳴る情熱を感じさせながら、アドニスが街のチンピラを引き連れてロッキーを励ますシーンでは見事に泣かせてくれる名場面となっている。そしてラストのコンラン戦では「アドニスのテーマ」と「ロッキーのテーマ」が重なってくるという最高のスコアを聞かせてくれる…もうこれだけで涙が出るというものだ。あとシリーズの舞台としてお馴染みである少し錆びれてて危険な香りがするフィラデルフィアの日常風景や名物がきちんと描写され、劇中ではフィラデルフィア・ラップやフィラデルフィア・ソウルが流れるという地元愛に溢れているというのも素晴らしい点だ。

 

そして一つ一つの場面が「ロッキー」シリーズとは何かをしっかりと踏まえられていて涙腺を刺激させられる。ロッキーVSアポロ戦のYou Tube動画やエイドリアンとポーリーのお墓、かつてポーリーが住んでいた部屋に飾られたロッキーの息子の写真、ロッキーの自宅で飼われている亀、メアリー・アンから送られた星父と同じ条旗柄のトランクスなどシリーズのモチーフはそこかしこに散りばめられて懐かしさがこみ上げてくる。他にも鶏を追いかけてスピードを上げる特訓や「虎の目をしている」という台詞などオマージュに溢れている。だがそのオマージュを超えて「ロッキー」シリーズの精神性が現れた場面が連続するのがまたすごい。アドニスが自分の中に眠る闘志や高鳴りをぶつけるかのようにYou TubeにアーカイブされているロッキーVSアポロ戦をバックにシャドー・ボクシングをする場面、病気を宣告されたロッキーが自身の孤独を打ち明ける場面、アドニスとロッキーがお互いに戦うことを決意する場面、自分の人生が走馬灯のように流れていく場面、ボロボロになりながらも諦めない二人がお互いに奮闘する場面…もう全編に渡って泣き所満載である。

 

最後に役者陣の好演も見逃せない。アドニス役のマイケル・B・ジョーダンは見事な肉体を見せつけながらも、自分のアイデンティティに悩む現代的な青年として素晴らしい演技や表情を見せてくれる。そして今回は脇に回ってアドニスを支えるロッキーを演じたシルヴェスター・スタローンは、長年の貫禄や積み重ねた年月を感じさせる老練さを見せつけ往年のファンたちの泣かせに来る。病気によって弱りつつある彼の姿はとても悲しげ見ていられない…あの達観したような存在感は長年ロッキーとして、アクションスターとして君臨し続けてきた彼にしか出せない素晴らしい演技だ。他にもアドニスのガールフレンドであるビアンカ役のテッサ・トンプソンはかっこいい歌のパフォーマンスを披露し、アドニスの母であるメアリー・アン役のフィリシア・ラシャドの肝っ玉母さんぶりもとてもよかった。アドニスと戦った3人のボクサーはアンソニー・ベリュー、アンドレ・ウォード、ガブリエル・ロサドとプロボクサーが揃っているのも素晴らしかった。

 

自分は既に劇場で3回鑑賞したのだが、偉大な父の名を背負い自分は何者なのかを探すアドニスと再び愛する人を失い自らの死が迫りつつあるロッキーに何度泣かされたのだろうか…最高の家族であり、親友である彼らの姿に感動しない人はいないはずだ。今作はロッキー・バルボアという一人の偉大なボクサーの集大成であり、ロッキーの系譜を見事に受け継いだアドニス・クリード伝説の幕開けだ。