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~愛した裏切り女によって男はジェームズ・ボンドになる~「007 カジノ・ロワイヤル」ネタバレレビュー

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作品概要

MI6のダブルオー<殺しのライセンス>を受け取ったばかりのジェームズ・ボンドが金融活動部に所属するヴェスパーを引き連れて、失ってしまったテロ組織の資金を取り戻そうとするル・シッフルという男が参加する「カジノ・ロワイヤル」と呼ばれるポーカーゲームに参加し、ル・シッフルと謎のテロ組織との戦いに挑む007シリーズ第21作。出演はダニエル・クレイグエヴァ・グリーンマッツ・ミケルセンジェフリー・ライトジャンカルロ・ジャンニーニ、カテリーナ・ムリーノ、イェスパー・クリステンセンジュディ・デンチなど。監督は「007 ゴールデンアイ」でも監督を務めたマーティン・キャンベル

 

 

点数:5.0点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

現代的でハードボイルド、どこか荒々しさを感じさせる雰囲気が男心をくすぐると共に、ジェームズ・ボンドが誰もが知るジェームズ・ボンドになるまでを彩るドラマチックで切ないな濃密な展開の数々に、見る者を興奮と感動に包み込んでいく傑作だ。

 

やはり今作がシリーズの中で異質に感じられる所以はジェームズ・ボンドが殺しのライセンスを受け継ぎ、冷徹で誰にも真に心を開かないという「誰もが知るジェームズ・ボンド」になるまでを描く前日譚、リブート作であるからだろう。それ故にシリーズのお決まりがかなり変則的である。それはいつもならガンバレル→MI6の裏切り者と刺客を殺害する→オープニングとなるところが、MI6の裏切り者と刺客を殺害する場面から変則的なガンバレル(あくまで裏切り者の刺客を倒す流れで行われるガンバレルシーンで、お馴染みのガンバレルシーンではなくジェームズ・ボンドのテーマなどは流れない)を経てオープニングに突入するという冒頭の流れからも明らかで、他にもジェームズ・ボンドのテーマが最後まで流れない、武器開発係のQやMの秘書であるミス・マニーペニーなどお馴染みのキャラクターの不在など明らかにシリーズとしては異質に思える。だが物語が進むにつれて007らしいガジェットや要素が増えていき、そして敢えて変則的なお決まりにするスタイルによって、ジェームズ・ボンドが本当のジェームズ・ボンドになる瞬間に最高のカタルシスが生まれるのだ。

 

例えば冒頭でのMI6の裏切り者と刺客を殺害する場面では、全編モノクロでまるでノワールを見ているかのようなスリリングでワイルドな場面となり、そして裏切り者をあっけなく殺し、刺客を殺した瞬間のガンバレルで初めて画面が赤い血の色に染まり、カラフルなオープニングが始まる。ここで2人殺すという殺しのライセンスを授かり、007となった瞬間に彩りが豊かになるのである…なんとニクい演出だろうか。だがあくまで007という殺しのライセンスを得ただけで、誰もが知るジェームズ・ボンドになったわけではない。ここから本当のジェームズ・ボンドになるまでの物語が始まり、その過程において、スーツやタキシード、マティーニ(まだ「ステアではなくシェイクで」というこだわりはないが)、アストンマーティンDBS、オメガなど007らしいモチーフやガジェットが出てくる…徐々に007らしくなっていくわけだ。

 

そんなジェームズ・ボンドの物語は一生忘れられないほどのドラマチックで切ない展開だ。殺しのライセンスを得たボンドは、アフリカでド派手なパルクールアクションを繰り広げ、謎の男ル・シッフルの手先と思われる男の追跡、テロリストの資金を増やすために画策した新型旅客機を狙ったテロ事件を突き止め、空港でのテロリスト激しい攻防戦を制してテロ事件を阻止することに成功する。 文字で書けばまるで往年の007シリーズを見ているような大規模アクションが繰り広げるが、勝手な行動が多く、あちらこちらで外交問題を引き起こし、その所作や考え方にはまだまだ青臭さが滲み出る(命令を無視する傾向は今までのシリーズからあった気もするが)。Mからは傲慢と自己認識の区別がついていないと言われてしまうほどだ。殺しのライセンスを授かったばかりのボンドは冷徹でハードボイルドではあるが、エレガントには程遠く、まだまだ荒々しい。

 

何とか航空機テロ事件を解決したジェームズ・ボンドにはル・シッフルがテロ事件を阻止されて失った資金を獲得しようと画策するポーカーゲーム大会「カジノ・ロワイヤル」に参加し、ル・シッフルのテロ資金集めを阻止せよという指令が下る。そこで彼は自分の運命を大きく変えてしまうヴェスパーという女性と出会うこととなる。財務省の金融活動部に所属する彼女はどこかトゲトゲしく男を全く寄せ付けないような知的な雰囲気を身にまとい、過去に何か引っかかる物があるようなそんな艶めかしい女性だ。ボンドとヴェスパーが初めて会う電車の中でもボンドに心を許す素振りを見せないどころか軽蔑の眼差しに似たようなものを向け、あくまで仲睦まじいカップルを装うためとボンドの資金管理のためのビジネスパートナーとしての冷めた距離感を感じさせる。そして二人は協力者であるマティスと共にカジノ・ロワイヤルに挑むことになる。

 

しかしこのカジノ・ロワイヤル中、ボンドとヴェスパーには様々な困難に遭遇することとなる。ル・シッフルの監視中に彼に資金を預けていたテロ組織と遭遇してしまい2人共々殺し合いに巻き込まれてしまう、ポーカーの天才であるル・シッフルとのポーカー戦においてボンドはブラフを読み切れずに相手に英国政府の資金を与えてしまう、挙句ボンドはル・シッフルに毒を盛られて瀕死の状態に陥る、カジノ・ロワイヤルには勝利したものの、2人共々ル・シッフルの一味に囚われて拷問を受けるなどかなりの苦戦を強いられることとなる。だがこの難局に2人で乗り越えていくことで2人の間にかけがえのない恋心が生まれていく。いきなり発生した血なまぐさい殺し合いに怯えるヴェスパーをボンドが一緒に慰め、瀕死の状態に陥ったボンドをヴェスパーが助ける…またボンドがポーカー勝負をしている間もヴェスパーはずっと見守り続け、ボロ負けして自暴自棄に陥ったボンドを慰め、彼が勝利したときには心の底から喜ぶ。ボンドもそんな彼女の存在に支えられてカジノ・ロワイヤルを制し、ル・シッフルによる強襲によって囚われの身になった時も、隣の部屋から聞こえるヴェスパーの叫び声に心配の眼差しを向ける…だが事態は謎の組織の幹部であるミスター・ホワイトによって急展開を見せ2人はこの「カジノ・ロワイヤル」の難局を切り抜け、お互いに愛を確かめ合う。そしてボンドはMに辞表を提出し、 ヴェニスでいつまで2人で真の仲睦まじいカップルとして生活していくことを決意するのだった。この文量からも2人の愛がきちんと育まれ、成就するまでの過程が濃密に描かれていることが察してもらえるかなと思う。

 

だがボンドとヴェスパーには残酷で悲しい運命が待ち受ける。なんとヴェスパーはル・シッフルとミスターホワイトが所属する謎の組織と内通しており、ボンドを裏切って獲得した賞金を引き渡そうとしていた。それに気付いたボンドは彼女が引き落とした資金を取りに来た刺客達を倒し、その際に人質になってしまったヴェスパーを必死に助けようとする。しかしながらヴェスパーは自ら閉じ込められたエレベーターの鍵を閉めて、その身を水中に沈め命を落とす。あれだけ愛していたのになぜ裏切ったのか…なぜ助けられなかったのか…ボンドはヴェスパーの亡骸を抱えながらやり場のない怒りと悲しみに途方に暮れる。

 

そしてヴェスパーは自分の彼氏を謎の組織に人質に取られていたこと、ボンドが察知してくれることを見越して証拠とサインを残していたこと、ル・シッフルの拷問中に起こったミスター・ホワイトの襲撃でボンドが無傷だったのは金と引き換えに謎の組織と取引したヴェスパーの計らいだったことが明らかになる。組織に加担せざるを得ず、ボンドとの愛も自分が死ぬ運命にあることも分かっていた…でも愛せずにはいられなかったヴェスパーの最大限の思いやりと愛がそこにはあった。ヴェスパーの愛を知ったボンドはMにこう告げる、「任務は完了した、裏切り女は死んだ」と。ここでボンドは傲慢と自己認識が違うことを理解し、ラストシーンでミスター・ホワイトを襲撃したボンドは「ボンドだ、ジェームズ・ボンド」とお決まりの自己紹介をして高らかにジェームズ・ボンドのテーマのテーマが流れて終わる。この瞬間に愛したヴェスパーの業を背負った誰も信用しない誰もが知るジェームズ・ボンドが現代に蘇り、儚い悲恋と共に最高のスパイが誕生した瞬間に観客のカタルシスは頂点に達するのである。なんと悲しくてハードボイルドなのだろうか…。

 

他にも見どころはたくさんある。前述したモノクロで進行する冒頭をはじめ、アフリカでのパルクールアクションでは工事現場にそびえたつ巨大なクレーンをはじめとして様々な場所を縦横無尽に駆け巡るなどアクティブなアクションが目白押しかと思えば、カジノ・ロワイヤルのポーカー勝負では眼力による静かな読み合いなど、ただ座ってポーカーしているだけの場面ではなくきちんとスリリングな展開となっている。あと要所要所にテロ組織との殺し合いや毒を盛られて生命の危機に陥るという展開を入れることで話の山場を作るのも怠らなかったこともスリリングな展開が持続する要因だろう。そしてオープニングではクリス・コーネルのかっこいい主題歌「You Know My Name」にのせてルーレットやトランプのスートがモチーフになっていてかなりハードボイルドだ。またデヴィッド・アーノルド作曲のスコアではこの主題歌のメロディが何度もモチーフとして使われるため、1本の映画としてのまとまりを強固なものにすると同時に、ヴェスパーのテーマではエレガントで切ないメロディを響かせる…金管セクションの使い方も見事だ。

 

そして俳優陣の最高の演技も見逃せない。起用当時は「金髪のボンドなんて!」と批判されていたらしいが、今ではこんなにかっこよくてハードボイルドなジェームズ・ボンドはいないと思うほどダニエル・クレイグの肉体美や眼力、演技は最高だ。エレガントなスーツも似合うが傷だらけな姿もまたかっこいい。最高のヒロインであるヴェスパーを演じたエヴァ・グリーンは知的でセクシーな姿で時々フッと少女のようなか弱さを見せボンドだけでなく観客の心をも鷲掴みにし、今作の悪役であるル・シッフル役のマッツ・ミケルセンはどこかエキセントリックで全く心が読めない雰囲気を見せて強烈な悪役としての印象を植え付ける。他にもルネ・マティス役のジャンカルロ・ジャンニーニの大人の色気ムンムンなかっこよさや、フィリックス・ライター役のジェフリー・ライトの冷静さ、ジュディ・デンチの威厳ある姿なども印象的だ。

 

2人を殺し、ル・シッフルとのポーカー勝負に勝利し、ヴェスパーとの忘れられない恋と切ない別れを経験し、殺しのライセンスを持った007=本当のジェームズ・ボンドが現代に蘇る…007シリーズお決まりのシーンが少な目ながらも最高の007映画の1つであり、最高のヒーロー誕生物語だろう。実は今作が初めて劇場で見た007映画で見た当時はあまりピンと来なかったのだが、今ならばはっきりわかる…あの甘い日々と切なさを胸に秘めたボンドの気持ちとその悲しみを背負ってヒーローが誕生するカタルシスを…。

 

続編のレビューはこちら

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