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頭の中の感想置き場

映画、アニメを中心に感想や想いを綴っていきます

~アニメだからこそ沁みる日常と見苦しさ~「心が叫びたがってるんだ。」ネタバレレビュー

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作品概要

ある出来事から心を閉ざしてしまいしゃべれなくなってしまった少女が、同じクラスメイト達とともにミュージカルを作り上げていくうちに自分の気持ちを歌に乗せていくまでを描く青春アニメ。監督、脚本、キャラクターデザインに「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の長井龍雪、岡田磨里、田中将賀が再び結集し、水瀬いのり内山昂輝雨宮天細谷佳正藤原啓治吉田羊など豪華な声優陣も集う。

 

 

 点数:5.0点(5.0点満点、0.5刻み) 

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください。

 

 

自分の気持ちや本音、他人と向き合うことへの醜さや輝きが青春らしい葛藤を引き出し、言葉の持つ力とミュージカルへの愛と奇跡が見事にシンクロしていく様に見事にやられた。

 

この映画に登場する主要な登場人物達は過去に言葉で誰かを傷つけてしまったことや一歩踏み出して気持ちを伝えることができなかったこと、自分のせいで何もかもめちゃくちゃにしてしまったことに対する後悔に引きずられている人物達だ。幼い頃は夢見がちでおしゃべりだった成瀬順は自分の口が災いとなり、夢の城(=ラブホテル)から父親と知らない女性が出てくる所を母親に話してしまい家庭を壊してしまう。傷ついた彼女は突然現れた玉子の王子からしゃべることができなくなる呪いをかけられ、それ以来自分の気持ちを言葉に出すことができなくなってしまった。そんな彼女は同じクラスメイトの坂上拓実、仁藤菜月、田崎大樹と共に地域ふれあい委員に選ばれてしまいミュージカルを企画するのだが、彼らもまた離婚や死別に対するトラウマや後悔、ある者への恋愛感情、野球部エースとしての責任と後悔などを抱えたまま打ち上げられない日々を過ごしていた。

 

感情や本音を言葉で打ち明けること、後悔を受け入れることは簡単ではない。むしろその言葉で人を傷つけてしまい、それが怖くなって何も言えなくなってしまう。言葉は人を励まし、絆を繋ぐことができるが時に残酷な一面を見せる。また本音や気持ちを打ち明けたからと言って他人から受け入れられずお互いに傷つき拒絶してしまうことだってある。この映画は登場人物達がミュージカルを作る過程において感情や本音を言葉で伝えること、他人の一面を知り受け入れることにきちんと向き合うこと、そしてそれは綺麗事ではなくてとても見苦しく醜悪であることをしっかり貫き通す。

 

気持ちを素直に打ち明けることができずに悶々としたものを抱えた者が心を解放し受け入れていくという点では最近でも「思い出のマーニー」があったし、同じ監督と脚本家コンビで制作された「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」でも本音を打ち明けることの難しさや過去の後悔や他人と向き合うことに不器用にもがく姿が描かれていた。今作でもそんなリアルな心のわだかまりや感情の発露、かけがえのない青春をきちんと描くというスピリットは受け継がれている。

 

だが「思い出のマーニー」や「あの花」と違うのはアニメらしいファンタジーをほとんど排して現実的な醜さや悩み、青春を描き出している所だ。成瀬が自分の心を閉ざす原因となった出来事は夢見がちな理想と醜い現実のギャップが酷過ぎてもはやブラック過ぎて笑ってしまうほどの出来事だし、高校生ながらも濃密なキスなどリアルな性を連想させるような会話や描写が何度も描かれ、理想と現実の狭間で揺れる高校生達の世界を映し出す。玉子の王子に呪いをかけられる場面はファンタジー的に見えるが、あくまで玉子の王子は彼女自身が作り出したリミッターでしかなく、現実に起こっていることに関してはファンタジーな要素は何もない。またミュージカルを作り上げる過程における各生徒たちの反応や変化などかつて誰もが経験したことのあるリアルな青春の機微を見事に切り取ることで現実感が増している。

 

そして「きちんと言葉で伝えること、向き合うこと」というテーマに対してミュージカルへの愛と奇跡がしっかり重なっていく。歌だからこそ伝えられることに気づいた成瀬が作り上げた「青春の向う脛」というミュージカルには彼女の境遇や伝えたい気持ちや思いが込められ、坂上達は彼女の想いを受けてそれぞれの葛藤や本音と向き合いながらミュージカルを作り上げていく。ミュージカルの主役に選ばれ坂上に心を開きかけていた成瀬だったが、本番前日に仁藤の坂上に対する恋心を知ってしまい、本番当日に行方不明になってしまう。ミュージカルは仁藤達に代役を立てて坂上は必死で成瀬を探し出し、そこで彼らは本気で気持ちを伝え合うこととなる。そして予想外のハプニングと本音や伝えられなかった気持ちに向き合い傷ついた果てに生まれたミュージカルは奇跡のような瞬間が巻き起こる。ミュージカルや音楽に向き合ってきた時間や場所、葛藤は今よりも輝いて映し出され、言葉による悲しみと喜びが「悲壮」と「Over the Rainbow」のメロディと共に見事にシンクロしていく…思わず鳥肌が立ち静かに涙が流れる。どこか甘酸っぱく、それぞれの展開を予感させるラストの味わいもまたよかった。

 

長井龍雪による演出、岡田麻里の脚本もリアルや現実を描きながらもアニメでやる意義のあるものとなっている。何気ない日常風景を丁寧に描き込むことでまるでファンタジーのような美しさを見せ、誰もいない日常の風景カットの連続には思わず涙腺を刺激され、見苦しさや不格好に感じる場面もある種の爽やかさに包まれたような感覚で自然と飲み込める。成瀬と坂上が夢の城(=父の浮気を目撃したラブホテル)で本音や想いを叫び合う場面は現実と理想、見苦しさと爽やかさが見事に合わさった場面だろう。他にも卵の殻にひびが入っていき、黄身や白身、血がドロドロに混ざりあう心象描写やミュージカルの構想などアニメならではの描き方だ。

 

また「言葉で伝える」というテーマのため気持ちや本音を台詞で言わなくてはならないのだが、泥臭さ、青臭さを感じさせながらも過剰な説明感を減らした絶妙なバランスの台詞センスで惚れ惚れする。恐らく実写でやると感情をベラベラ台詞で説明しているように見えてしまうので、このバランスもアニメだからこそだと思う。そしてミトが作り上げるスタンダードナンバーを中心としたミュージカルナンバーや横山克のスコアも作品を綺麗に彩る。使用されたスタンダードナンバーはどれも聞いたことのあるものばかりなので心配することはない。強いて言うならば「オズの魔法使い」などのミュージカル作品に関する知識があればもっと楽しめたかなとも思った。

 

声優陣の演技も素晴らしい。声がなかなか出せない成瀬順を演じた水瀬いのりや坂上拓実役の内山昂輝、仁藤菜月役の雨宮天、田崎大樹役の細谷佳正は繊細に感情の流れや発露を演じていて、もちろん歌唱力に関しても申し分ない。他にも藤原啓治演じるやる気なさそうだけどさり気ない優しさを見せる音楽教師や娘との軋轢に苦しみ時に強く当たってしまう母を演じた吉田羊も素晴らしかった。

 

言葉の持つ希望と残酷さや気持ちを打ち明けて受け入れることへの照れや見苦しさ、そして何か一つのものにつぎ込んだ者達の青春が、アニメ×ミュージカルによって見事に昇華され、かけがえのないものになっていく。「くちびるに歌を」といい「幕が上がる」といい、今年の青春映画は豊作ぞろいだ。特に「くちびるに歌を」は「悲愴」が使われている所や合唱を通して青春を描く所など共通点も多いので見比べてみるのも面白いと思う。

 

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