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~彼女の1600キロに込められた人生の縮図にそれぞれの人生を重ねる~「わたしに会うまでの1600キロ」ネタバレレビュー

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作品概要

人生のどん底の陥り荒み切った自分を変えようと、1600キロもある自然歩道パシフィック・クレスト・トレイルを3か月間歩き続けた小説家シェリル・ストレイドの自叙伝を映画化。出演はリース・ウィザースプーンローラ・ダーン、トーマス・サドスキー、キーン・マクレー、マイケル・ユイスマン、ギャビー・ホフマン、ケヴィン・ランキン、W・アール・ブラウンなど。監督は「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・ヴァレ

 

 

点数:4.5点(5.0点満点、0.5刻み)

※ネタバレを含みますので読まれる方はご注意ください

 

 

雄大な自然が目の前に広がる1600キロの道のりに今までの人生が走馬灯のように過ぎ去りどん底の人生へと向き合っていくことはとても辛いのだが、それでもくじけそうになりながらも乗り越えて進みゆくことを静かに実感させてくれる希望に満ちた1本だ。

 

主人公のシェリル・ストレイドは自分で背負って立ち上がることができないほどの重さのバックパックを背負ってパシフィック・クレスト・トレイル1600キロの道のりを歩み出す。バックパックの中身は全てこの日のために買い揃えた新品ばかりで、今までの人生でトレッキングの経験もない…もちろん毎日体が悲鳴を上げるような痛みに襲われ、テント一つ張るのにも苦労し、登山用のガスコンロも用意した燃料が違っていたために使うことが出来ず、冷えた粥とナッツを食べて生活する日々だ。なぜ彼女はこんな無謀なトレッキングに挑もうと決心したのだろうか?その答えは走馬灯のように流れていく彼女自身が歩んできた人生にあった。

 

シェリルの人生ははっきり言ってどん底の人生だ。アルコール中毒の父親から暴力を振るわれ続け、弟と共に母にに連れられて父親から逃げ出すものの、どうしても貧乏な生活からは逃れられない。それでもいつも明るい母親に支えられ幸せに暮らし、大学にまで進学させてもらい、母も同じ大学に進学して父親によってあの時できなかったことを今から取り戻そうと人生を謳歌し始める。だがそんな矢先に母親はガンによって命を落としてしまう。自分達の幸せを掴もうとしてもいつもどん底に引き戻される…いつしかシェリルは愛や幸せに無縁な自分に絶望し自らを傷つける。その辺にいる男達とその日限りのセックスに溺れ、結婚してもその浮気癖は治らず、挙句の果てに夫の元から逃げ出し、ヘロイン中毒の男と関係を持ってしまったことで自身もヘロイン中毒に陥ってしまい、父親が誰かも分からない子供を妊娠してしまう。そしてお互いに幸せになるために、よき友人としているために2人は離婚を選択することになる。そんな最中にたまたま見たパシフィック・クレスト・トレイルのガイドブックを見て、シェリルはこの無謀なトレッキングを決心したのだった。

 

そうしてトレッキングをしていくうちに彼女は様々な人々と出会い、支えられながら旅を続ける。離婚をしてもコテージに靴や食料とともにメッセージを残してくれる夫や、食料が尽きそうになった時に助けてくれた農夫婦、自分よりは経験豊かそうな山男達、様々なサポートをしてくれるコテージの管理人、なかなか出会えないが故に意気投合しあう女性登山者、かつてのセックス漬けの日々を思い出させるような男達、仲の良い親子の登山者…そうした出会いと共に彼女は歩きながら自分の過去を振り返る。どんな時も笑顔を忘れず幸せだけを見つめていた母親のこと、理不尽な不幸にまみれた自分のこと…やり場のない怒りや悲しみを叫んでも、自然は全てを飲み込み、ただそこに存在し続けるだけだ。

 

そしてシェリルがやり遂げた果てしなき1600キロの旅で体験してきたことに人生の縮図を見る。その場の勢いで突き進む勇気や、詰め込み過ぎたバックパックの荷を軽くするように後悔や重荷は捨てること、どんなに経験を積もうとも時には挫折を味わうこと、歩み続けることで何かが変わるかもしれないこと、時には立ち止まって休んでもいいこと、人は誰かに支えられながら生きているのだということ…当たり前のことだけど、どうしても忘れがちなことを思い出させてくれる。1600キロの旅はきつくて辛い、死ぬかもしれない…でもそれが人生なのではと。そして彼女はまた長い人生を新たに歩み続けるのだ。

 

そんなシェリル・ストレイドの物語をジャン=マルク・ヴァレは等身大の人間として描くことから逃げない。語り口はシェリルが旅をする過程でまるで走馬灯のように彼女の人生に断片的にフラッシュバックしていくという体裁を取るのも映画的だし、悲惨な現実や喪失感も逃げずに描き通す。映像もまるでドキュメンタリーを見ているような自然らしい暗さと明るさが使われていて等身大のリアルであることを感じさせる。また自然の美しい風景に圧倒されるし、そこに存在し続ける自然からの視点としてシェリルのように孤独なキタキツネのモチーフを使う演出も素晴らしく、旅の道しるべとして書く記帳に書く文章のセンスも味わい深い。あとサイモン&ガーファンクルの「El Cóndor Pasa (コンドルは飛んでいく) 」が何度も繰り返し使われ、母親との思い出に強烈に印象づける。どこをとっても地味な印象だが、とても等身大に溢れ、かけがえのない希望に繋がっていると感じた。

 

そしてリース・ウィザースプーンの演技が素晴らしいことは言うまでもない。荒み切って虚ろな姿や、やり場のない怒りに叫ぶ姿、思わず神にすがるような悲しげな姿がとても印象的で、それでもめげずに歩き続ける姿がとてもたくましい。どこか優等生なイメージがあったのだのだけど今作で完全に新たな一面を見せつけることに成功していると言えるだろう。もちろんローラ・ダーンも素晴らしい。出番は少ないのにいつも笑顔を振りまきながら、健気な姿を見せる彼女はこの映画に更なる温かみを与えている。あと個人的には農夫婦の夫役のW・アール・ブラウンの達観した明るさがすごく素敵で、自分もあんな風になれたらいいなと感じた。

 

シェリルの過去のように誰にでもどん底で辛いことや後悔もあるけれど、そんな後悔も飲み込んで突き進むことで見える希望もあることを実感させてくれる。そんな厳しいけれど優しくて力強いメッセージがしみじみと心に伝わる素晴らしい作品だ。実話であることもあるけれど、血の通った人間ドラマはやはり素晴らしいなと改めて感じた。